東日本大震災の被災地支援で
「真の総合大学」へ
「オール近大」を掲げて取り組むきっかけになったのは、東日本大震災で被災した福島県川俣町への支援だった。
阪神・淡路大震災を経験していた医学部と附属病院は、すぐに災害派遣医療チーム(DMAT)を編成して被災地へと向かった。救命救急医療はもちろんのこと、風評被害や放射能への不安を緩和するため、心理面でのサポートも必要だった。
近畿大学は私大で唯一、研究用の原子炉を持つ大学でもある。正しい知識に基づいて対策を講じるには、原子力に詳しい人間による科学的データの測定と分析が必要だ。除染に関しても、大学の研究を総動員して役に立てることは多いはず、と私は考えた。
「オール近大」で川俣町への支援活動に取り組む方針を学内に向けて説明したのは、2012年5月のことだ。それまでの支援活動で川俣町との関係を築いていた私たちは、町から「震災復興アドバイザー」を委託されていた。私はこれをいい機会だと捉え、活動を全学規模へと拡大し、大学として継続的にできる支援のアイデアを募ることにした。
各学部から上がってきた案は36項目に上った。それを4つのカテゴリーに分けて町に申請し、14件が採択された。川俣町の復興支援には10学部2研究所から78人の教員が参加し、現在もその活動が続いている。
近畿大学が真の総合大学へと変わるタイミングがあったとすれば、それはこの川俣町への支援ではなかったか、と思っている。
国際学部を新設し、500人募集
1年生の秋から全員海外留学
もう1つ、就任して間もなく取り組んだことに国際学部の新設がある。国際対応の遅れは以前から気になっていた。学内にはもちろん、いくつか国際関係の仕事をしている機関はあったものの、それぞれがバラバラに取り組むばかりで、大学としての一体感には乏しかった。
留学生の受け入れから送り出しまでを一括でやれる体制作りを進めながら、大学全体をグローバル化に対応させていく──。国際学部新設は、そのテコ入れのためでもあった。
笑い話になるが、学名の英語表記を巡ってはこんな出来事もあった。



