総合商社が行う
4つの機能

 敗戦時の1945年、日本の人口は約7215万人だった。それが10年後には9008万人、東京オリンピックの翌年1965年には9921万人になり、1970年に人口1億人を突破している。戦後35年間で約3000万人増えたことになる。

 3000万人の人口増加とは、ひとつの国が生まれたようなものだ。商社に限らず、メーカーも金融機関も経済が成長していくのは当たり前で、この間はアグレッシブに投資し、懸命に働けば成功する時代だった。

 経済界には6大企業グループが次第に形成されていった。三菱、三井、住友、安田(富士銀行系)、三和、第一勧銀系である。

 商社もまたグループ企業との取引が増えていった。財閥系商社はグループ会社のいくつかが原子力産業、石油化学工業などの大きなプロジェクトに進出する際、幹事会社として各企業を取りまとめる役割を果たした。

 これが商社のオーガナイザー機能だ。

 ちなみに、田中隆之の著書『総合商社の研究』(東洋経済新報社)によれば、総合商社の機能は大きく分けて4つある。

 ひとつは前述のオーガナイザーとしての機能。そこには商権がついてくる。

 2つ目は事業投資。子会社、あるいはベンチャー企業に投資して、その会社の商品の販売などを担当する。伊藤忠は戦前、呉羽紡績を興しているけれど、これは事業投資の先駆であり成功例だ。

 3つ目は金融機能。ベンチャー企業、中小メーカーに信用を供与したことだ。

 4つ目は情報収集の機能。海外支店網が世界各地からの商品情報などを集めて、テレックスで日本の本社に送ってくる。

 商社機能のなかではもっとも重要な機能なのだが、ITが発達して、誰でも世界の情報にコンタクトできるようになった現在、総合商社の情報収集機能は問われている。

 もっと言えば、果たして現地に支店があることはそれほど重要なことなのかという問いも浮かんでいる。コロナ禍で在宅勤務とリモートミーティングが一般的になった今、海外に支店がなくとも、ある程度であれば仕事が進むことがわかったからだ。

 商社は6つの企業集団のそれぞれまとめ役、便利な相談役となっていくのだが、各商社が属していたグループとは次のようなものだった。

 三井物産、三菱商事、住友商事はそれぞれの財閥企業である。

 伊藤忠は第一勧銀系の企業集団に属した。第一勧銀系とは古河電工、富士通など古河財閥系と川崎製鉄、川崎重工など川崎財閥系の企業をいう。

 丸紅は富士銀行系の芙蓉グループに属するとみられた。芙蓉グループには日立製作所、日産自動車、大成建設といった会社が属していた。

 日商岩井と日綿実業は三和銀行系の日新製鋼、積水化学、帝人、日本レイヨン、丸善石油などへ食い込んでいった。

 むろん、各社とも囲い込まれた企業集団だけの仕事だけをやっていたのではない。伊藤忠は自社が開発したプロジェクトのオーガナイザーを務めるときはプロジェクトに適合する企業に話をしに行った。

次のページ

総合商社化に向けて、石油・自動車産業に重点投資

TOP