朝早く出勤した社員に
無料で朝食を提供
連載の第3回で触れた朝型勤務の話に戻るが、岡藤は朝早く出勤して働いた者には会社が朝食を出すことを決めた。
一般に大企業の経営者は社員の朝ごはんのことまで考えることはない。だが、がんの闘病支援でも見られるように、社員の暮らしのディテールまで把握していることが岡藤の細心さとやさしさを表している。
「朝早く来ようと思ったら、奥さんにご飯を作ってもらわないかん。ところが、自宅の朝ごはんは子供優先や。それを急に旦那が『メシ作ってくれ』と言ったら、奥さんとしては葛藤があるだろう。かといって、旦那としては毎朝、立ち食いそばや牛丼ばかり食べて会社に行くのは、なんともやるせない。
おそらく家庭ではそういう様子になっとるでしょう。そこで、わかった、そういうことなら会社で食事を提供しようやないか、と」
社員が午前8時までに出社して働いたら、地下にある社員食堂で、子会社のコンビニファミリーマートが用意した軽食を無料で3個まで取ることができる。
具体的にはおにぎり、サンドイッチ、飲み物のどれでもいい。おなかが減っている社員はおにぎりを3個取ればいい。食堂が開くのは午前6時半。午前8時になるとチェックレジは止まってしまう。遅く来て、おにぎりを取ろうとしてもそれはできない。
人事と総務を担当する企画統轄室長の岩田憲司はほぼ毎日、利用している。
「たいてい、朝の6時半に来ます。そうすると、軽食のラインナップが充実していていろいろ選べますから。例えば7時45分くらいに行くと、それでも食べ物、飲み物はあるんですけど、みんなが選ばなかったものが中心になっている。サンドイッチなんか種類が少なくなってますね。日によっては飲み物とおにぎりしかないなんてことも…」
「岡藤のやることはみみっちい」
そう言ったOBもいなかったわけではない。
しかし、画期的だ。この発想は社員の生活を細かく把握していなくては思いつくことではない。
「よきにはからえ」的な殿様経営者、権威が好きな官僚的経営者は絶対にこんなことは考えない。
「プロダクトアウトでなく、マーケットインで考えろ」と連呼する彼でなくては実行しないだろう。
ただし、社員の生活や食事を気遣うのは伊藤忠の創業期からの伝統だ。
創業時にさかのぼってみると、伊藤忠という会社のユニークな方針が浮かび上がってくる。