米とようかんを持って
副社長がアフリカ奥地に
伊藤忠は商社だから、海外勤務の人間が多い。ニューヨーク、ロンドン、上海といったところは拠点だから働く人数も多い。
しかし、資源、食料、木材等の担当者の場合、たったひとりで働いているケースがある。いわゆるへき地の「ワンマンオフィス」だ。
家族を日本に残し、単身赴任しているケースである。主要な都市から10時間以上も離れている天然ガスや金属の採掘地に暮らし、日本人と会う機会もない。
日本から社長や役員が来たとしても、ジャングルの奥地まで行って会議を開くことはない。つねにリモートで仕事をしているような人たちが少なからずいる。それも商社の人間の仕事だ。
伊藤忠では副社長の小林文彦が岡藤の代わりに必ず訪ねていく。アフリカの奥地でも、極北のロシアの地でも、添乗員の経験がある小林は巨大なスーツケースを二つ携え、ひとりで旅立っていく。
そのうちの一つは現地への陣中見舞いだ。スーツケースの中に入っているのは大量の米とようかんと岡藤からの手書きのメッセージである。
「小林副社長、送った方が効率的です」とわかったようなことを言った部下がいた。
小林は叱った。
「重いものを私が持っていくことに意味があるんだ」
小林は今も20キロ以上の米を抱えて飛行機に乗り、そこから自動車、鉄道、船に乗り換え、おんぼろタクシーを雇って僻地のオフィスを訪ねる。総合商社の副社長だからといって、高級ゴルフクラブで社交していればいいわけではない。
小林は言う。
「みんな、泣きます。米とようかんと岡藤さんのメッセージを持って感涙にむせぶ。まあ、それを見るのは結構、楽しみなんですよ」