社員たちを奮起させる
巧みな目標設定
伊藤忠が総合商社というカテゴリーのなかでトップに立ったのは、世の中の構造変化と運だろう。加えて、丹羽宇一郎、小林栄三、岡藤正広という3人の歴代経営者の施策が時代環境に寄り添ったからだ。
特に岡藤は社内改革をし、仕事のスタイルを一新した。繊維部門で積み重ねた実績から、新しい手法でビジネスに取り組むよう全社に徹底した。また前述のように社員の労働環境を整備するため生活面の細かいところまで指摘した。
どちらの方策も他社はよくわかっているのだろうけれど、追随はしていない。
大企業になると、他社が業績を上げたのを見ても、なかなかまねをすることはできにくいのだろう。
就任以来の岡藤のメッセージを見ると、当初から「業界トップになる」とぶち上げたわけではなかった。社内外への広報発表でも考え抜いた戦術を取ったのである。
就任してから標榜(ひょうぼう)したのは「総合商社の上位3社に入る」だった。そして、3年後に「商社のなかで非資源の稼ぎナンバーワンを目指す」とした。
歴史的に三菱商事、三井物産、丸紅は主に石油、天然ガス、鉄鉱石といった資源に強く、伊藤忠と住友商事は非資源に強い。
資源を扱っていると相場で価格が上下する。資源価格が下がったら、非資源の比率が高い伊藤忠は有利になる。実際、2015年3月期、中国の経済成長が鈍化し、サウジアラビアの原油増産などがあり、資源価格が大きく下落した。結果として伊藤忠は優位に立った。
逆に資源価格が上がると伊藤忠は苦しくなるが、化石燃料については長期的には需要は減っていくと見込まれている。現在では資源商社でも非資源分野に注力するようになっている。
非資源でナンバーワンになった後、二強とうたわれるようになり、そして、最後に「商社として三冠を目指す」とぶち上げた。
彼は社長就任時から「商社三冠を目指す」と言っていたわけではない。少しずつ、巧みに目標を掲げて社員を奮起させた。
経済マスコミはまんまと彼の術中にはまり、その道筋を逐次、報道せざるを得ないようになっていく。