「起業家が後悔しないための本」をコンセンプトにした、『起業家のためのリスク&法律入門』が発売になりました。実務経験豊富なベンチャーキャピタリストと弁護士が起業家に必要な法律知識を網羅的に解説した同書より、“スタートアップあるある”な失敗を描いたストーリーを抜粋して紹介します。第3回のテーマは「資金の管理方法」です。(執筆協力:小池真幸、イラスト:ヤギワタル)

お金のことはCFOに任せておけば安心だ

 僕は幼い頃から、宇宙が大好きだった。幼稚園の頃に『スター・ウォーズ』を見て衝撃を受け、そこからは図書館にこもったり、親におねだりしたりして、宇宙に関する本や図鑑を読み漁る毎日。自然と、宇宙飛行士になりたいという夢ができた。勉強はそこまで得意じゃなかったけれど、夢を叶えるため、できる限り頑張った。理科だけは大の得意、他の科目も学年で上位2割には安定的に入れるくらいの成績をキープし続けた。

 途中で、体質や体力的に宇宙飛行士になるのは難しいとわかって絶望したこともあったけれど、宇宙の研究者になればいいんだと思い直す。そして、有名国立大学に現役合格。晴れて、日本で最高峰の宇宙工学の研究室に入った。

 研究者を目指して邁進していた頃、ちょうど研究室発スタートアップのブームが来た。僕の研究室に興味を持ってくれる投資家や企業の研究開発担当の人もけっこういて、よくそういう人たちが出入りするようになった。そんな中、僕の研究している技術に強い興味を示してくれた投資家さんがいて、トントン拍子で起業することに。正直、ビジネスにはあまり興味はなかった。でも、起業することで研究のための資金が手に入り、しかもそれが多くの人の役に立つのであれば、やらない理由はない。流れに身を任せるように、起業、そしてシード調達と歩みを進めていった。

 そんなこんなで、創業から半年後には、シリーズAで10億円の資金調達を実施することに。この僕が10億円……これまでの人生でまったく触れたことのないような桁数のお金にたじろいでしまったが、同じタイミングで金融領域の経験が豊富なAが取締役CFOとして入社することになり、彼にすべてを任せた。正直、経営やビジネスのことはまったくわからないので、とても安心する。もう少し後のフェーズになったら、会計監査人という人も就任してくるみたいだけど、しばらくはお金のことはAに任せておけば安泰だ──今思えば、なんて楽観的な思考だったのだろうと思う。

 以降、本当にお金まわりのことを気にかけることは一切なくなり、研究開発にすべてを注いだ。経理の担当社員もいなかったので、Aが単独で銀行振込の送金と承認を行える状況。でも、Aには出会ったばかりだけどなぜか全幅の信頼を置いていたので、特に問題だとは思っていなかった。僕は研究開発だけに集中できる快適な状況が生み出され、正直、舞い上がっていたと思う。

 世間を揺るがす事件が起きたのは、その半年後だ。

銀行口座にお金がない!

 あるとき、たまたま必要があって、珍しく会社の預金口座を見る機会があった。そのとき、大きな違和感を覚えたのだ。基本、経営会議で「キャッシュは潤沢にある」と聞いていたにもかかわらず、残高はほとんどゼロに近い。念のため、あらためてAに現在のキャッシュを聞いたところ、「5億円ほどある」と返ってきた。残高がゼロに近いことを指摘すると、明らかに動揺した様子で「キャッシュフローの都合上、一時的に別の口座に移してある」と答える。「キャッシュフローの都合」とは具体的に何かと聞いても、「複雑な税制上の理由だから説明しても意味がない」の一点張り。その場は膠着したままお開きとなったが、さすがにこれはおかしいかもしれないと思い、VCの担当者に相談した。

 その後、一気にAの悪事が明るみに出た。なんと、自身の預金口座へ会社のキャッシュを送金し、カジノに注ぎ込んでいたというのだ。その額、なんと8億円。流石にこの額だと刑事事件に発展し、Aは横領で逮捕、起訴された。

横領がばれる

 そして、そのしわ寄せは当然、僕にも来た。VCの人たちが味方になってくれるのかと思いきや、そんなに甘い話ではなかった。何でも、取締役は相互に監視する義務があるらしく、それを怠った僕にも責任があると。すべて任せっきりで、半年間口座すら見ていなかったのは事実なので、ぐうの音も出ない。そうして、VCの人たちは資金を引き上げるだけでなく、僕にも損害賠償請求をしてきた。これまで出会った大人たちが見せた表情のなかで、もっとも冷徹な表情で。向こうからすれば、10億円の投資を溶かしたということなので、当たり前の話ではある。

 僕はただ、宇宙の研究がしたかっただけなのに。こんなことなら、起業なんてせず、地道に研究を続けておくべきだった。どうしてこうなってしまったんだろう──。