実務経験豊富なベンチャーキャピタリストと弁護士が数年がかりでまとめた起業家が後悔しないための本、『起業家のためのリスク&法律入門』が発売になりました。起業家に必要な法律知識を網羅的に解説する同書より、“スタートアップあるある”な失敗を描いたストーリーを紹介します。第1回のテーマは「創業株主間契約」です。(執筆協力:小池真幸、イラスト:ヤギワタル)
3人で会社を作って、世界を変えよう!
高校時代、私たちは何をするにも一緒だった。
学級委員や部活のキャプテンを務め、自分で言うのも何だけれど成績もまんべんなく良かった私。あまり人とのコミュニケーションは好きではないけれど、理数系の科目やコンピュータに関しては右に出る者がいなかったX。自己主張は強くないけれど、どんなシーンでも細かい所に気がついて、いつも私やXの相談に乗ってくれたY。ぜんぜんタイプの違う3人だったけれど、不思議と気が合って、いつもつるんでいた。
とある大学の付属高校だったので、そのまま同じ大学に進学。私は法学部、Xは工学部、Yは経済学部。学部はバラバラだったけれど、つまらない飲み会やアルバイトで貴重な学生生活を無駄にしたくないという気持ちだけは共通していて、相変わらずしょっちゅう会っていた。
そんなあるとき、いつものように大学近くのファミレスで喋っていると、XがMacbookを取り出し、「最近、こんなサービスを作ってみたんだよね」と見せてくれた。興味のある本を何冊か登録し、そのデータをもとに関心分野の近い人と出会える、マッチングサービスだ。何でも、情報科学の授業の課題でアプリ開発をすることになり、のめり込んで一般利用できるクオリティのものを作り込んでしまったという。
マッチングサービスといえば、出会い系アプリしか知らなかったけれど、こんな使い方があったとは。これがあれば、刺激的な話ができる友達と、簡単に出会える。私はとても興奮し、気づけばこう言っていた。「このアプリ、すごいポテンシャルがあると思う。私たち3人で会社を作って、世界を変えない?」。
変わり映えのしない大学生活に辟易していた2人は、すぐに賛同してくれた。こうして私たちは、起業の第一歩を歩みはじめる。私がCEO、XがCTO、YがCOO。これ以上ない最強の布陣だと、そのときは信じていた。
石橋を叩いて渡るタイプだったYの強い意向もあり、私たちはできる限り多くの起業家の先輩に話を聞きながら、着々と準備を進めていった。ベンチャーキャピタルからの投資を受けたい旨も伝えると、ある先輩が「株主間契約を締結したほうがいい」とアドバイスしてくれた。何でも、株主同士が会社の運営に関しての合意を行うための契約のことで、万一株主の誰かが辞めたりしたときのため、結んでおいたほうがいいらしい。
正直言えば、なんやかんや5年間ずっと一緒にいる私たちに、そんなものは必要ないと思った。とはいえ、体裁を整えておいて損はないかなと思い、株主間契約を結ぶことに。
ただ、辞めたときの条項は定めなかった。何らかの事情で抜けてしまう人がいたとしても、私たちが揉めるようなことは考えにくかったし、せっかく勢いに乗っているときに悪いケースのことなんて考えたくなかったからだ。3人の間に上下関係は作りたくなかったので、3分の1ずつ株を保有することを決め、契約を結んだ。
幸い、よいご縁に恵まれたこともあり、複数人のエンジェル投資家の方々から投資を受けることができた。並行してプロダクトの磨き込みも進めていき、β版のリリースに向けて、寝食も忘れ、まるで毎日が文化祭前夜かのように仕事にのめり込んでいった。
まさか、こんなことになるなんて……
雲行きが怪しくなったのは、起業から1年が経った頃。
プロダクトは順調だった。β版から大きな反響を呼び、テックメディアの取材もたくさん来た。本ローンチの後も、想定の2倍くらいのペースで伸びていき、優秀なBizdevやエンジニア、デザイナーも加わってくれた。
しかし、私とYの考え方の違いが、もはや会社運営に大きな支障をきたすレベルにまでなっていたのだ。
大きなビジョンを語り、仲間を惹きつける役割の私は、ある程度リスクを負ってでも、とにかくスケールの大きな施策を取ろうとした。対してYは、徹底的な安全志向。気づけば、Yの反対を押し切って実行する施策ばかりになっていった。
そしてついに、Yが「辞める」と言い出したのだ。高校以来の付き合いなので、寂しさはあった。しかし、これ以上一緒にいたら、会社も人間関係も決定的に壊れてしまうことは明白だった。そうして私は涙ながらに、その申し出を受け入れた。
しかし、である。Yが持っていた株式を、手放さないというのだ。自分も大いに立ち上げに貢献したのだから、然るべき価格で買い取るかたちにしてくれないとおかしいと。投資家たちには「至急買い戻してほしい」と言われ、Yに相談したが、創業時ではなく現在の時価総額に照らした額でないと納得できないとのこと。こうして半年ほど価格交渉を重ね、私と共同創業者の2人でなんとか資金繰りを行い、Yの持分の買取を行わざるを得なくなった。
さらにその1年後。今度はXが辞めたいと言い出した。Xとの関係性は良好だったが、単純にプロダクト開発に飽きてしまい、大学に戻って研究の道に進みたいというのだ。
もちろん、説得は試みた。でも、Xが一度言い出したことは絶対に曲げないタイプの性格だということは、よく知っていた。だから、ここでも私は、諦めた。
そして、その時初めて発覚したのだが、このプロダクトはもともとXが起業前にそのベースを開発していたものだった。ということで、あらためてライセンス契約を結んで、今後もXに使用料を払い続ける必要があるというのだ。
XとYとの交渉を経て、私はすっかり疲弊してしまった。いま思えば、どれもこれも、創業時に株主間契約の内容を精査しなかったせいだ。買取条項やライセンスについて、弁護士さんに相談しながらしっかりと定めていれば、一連の手間やコスト、そして何より交渉の過程で友人関係がギスギスしてしまう事態も、避けられたはずなのに──。