生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」山極壽一氏(霊長類学者・人類学者)、「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」橘玲氏(作家)と絶賛されている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。
捨て身のハチは要注意
働きバチが無私の存在であることは、巣を守る時の姿勢を見ていてもわかる。
彼女たちは、まるであの「神風特攻隊」のように恐れを知らず捨て身で巣を守ろうとするのだ。ミツバチの場合、針を持っているのは雌だけだ。
この針は産卵管が変化したものなので当然だ。針にはかえしがあるため、標的となった動物の皮膚の中に残る。
働きバチは動物に針を刺すと、針だけでなく、同時に臓器の一部も切り離されて死んでしまう。切り離された臓器に含まれる腺からは、しばらくの間、毒物が送られ続けることになる。
このようなかえしのついた針を持つのはミツバチだけで、針を刺すことで死んでしまうのもミツバチだけだ。
しかし、こういう針だからこそ、分厚い皮膚を持った大型の動物、たとえば私たち人間のような哺乳類の体内に針を残すことができるわけだ。
針の標的となる相手のほとんどはもっと小さく、かえしが引っかかることもないので、刺したあとも働きバチは生き残ることが多い。
ミツバチは決して攻撃的な昆虫ではない―針は専ら、巣を守るための手段として使う。先制攻撃に使うことはない。だが、このおとなしく、一般的には無害な生物も、巣が脅威に晒されていると判断した際には豹変することがある。
水に飛び込んでも逃げきれない
一匹のハチが敵を刺すとフェロモンが放出され、近くにいる仲間たちがそれに反応して攻撃に加わる場合があるのだ。アニメでは、怒ったミツバチに追い駆けられた人が追跡をかわすために水に飛び込むという場面があるが、刺された時にフェロモンがかかっていれば、水で洗い流すことは難しい。
まだフェロモンのにおいが強い時にハチがそばにいれば、その人が水からあがるのを待ち構えていることがある。
ミツバチに刺されると人間も死ぬことがある。特にアレルギー体質の人は危険だ。
たとえアレルギー体質でなくても、大量のハチに一度に刺されれば死んでしまう可能性がある。
世界一ミツバチに刺された男
しかし、ヨハネス・レレケほど、怒れるミツバチの攻撃に長い時間晒された人も少ないだろう。
一九六二年、レレケは、当時のローデシア(現ジンバブエ共和国地域)の低木の茂みで犬を散歩させていた。その時、何らかの理由でミツバチを怒らせ、攻撃を誘発してしまったのだ。
のんびり歩いていたレレケはすぐ一目散に逃げ出した。彼はハチに追われながら近くの川まで走り、犬とともに川に飛び込んだ。レレケは自分と犬を水の中に沈めていたが、呼吸が苦しくなった時には顔(と犬の鼻)だけを水面から出していた。
ミツバチたちは、川を下って行く彼を追い駆け、機会をとらえては刺した。
彼の災難はそれだけではなかった。ハチに次々に刺されて苦しんでいる最中に、運悪くワニが現れ、犬がさらわれてしまったのだ。それだけ散々な目に遭いながら、レレケ自身は生き延びることができた。
現在では、歴史上最も多くミツバチに刺されながら―彼の身体からは二四四三本ものハチの針が取り出された―生き延びた人として、ギネスブックにも認定されている。
その日ハチに刺された影響で長く残ったのは、片方の耳が聞こえなくなったことだけだった。ハチに刺されたとしてもそういう副反応はないはずだったが、耳が聞こえなくなった理由はあとになってわかった。
柔道の試合で投げられた際、耳から古いミツバチの死骸が出て来たのだ。
(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉を編集、抜粋したものです)
40億年を生き延びた生物が教えてくれること――訳者より
ある日突然、この世界から自分以外の人間が消えたら、と想像したことが誰でも一度くらいはあるのではないだろうか。
自分以外に人がいないとまず、電気が来ない、水道もガスも出ない。電車もバスも走らない。しばらくは生きられるかもしれない。食料はスーパーなどに行けば一応、ある。日持ちのするものもなくはないし、水はある。ただ、それも時間の問題だ。そう長くは生きられないに違いない。
人間は支え合って生きている。つまり人間は「社会的な動物」である、ということだ。それは精神的な意味だけでなく、もっと切実な物理的な意味でもそうだ。群れを成し、集団で生きる動物なのである。どれほど孤独を好む人ですらそうだ。
社会的な動物と聞いて思い浮かべるのはどの動物だろうか。よく知られているのはハチやアリだろうか。動物園でサルの群れを見たことがある人もいるだろう。オオカミやライオンも群れを成すし、イワシなどの魚も水族館で大群で泳いでいるのを見ることができる。集団で生きているものを社会的な動物と呼ぶのだとすれば、そうでないものをあげる方が難しいかもしれない。
本書はアシュリー・ウォード著“The Social Lives of Animals”の全訳である。直訳すると「動物の社会生活」となるタイトル通り、オキアミやバッタからチンパンジー、ボノボに至るまで様々な社会的動物の生態を詳しく解説してくれる。
だいたい進化の順(人間から遠い順)に並べているのだと思うが、読んでいて感じるのは、結局、どの動物も共通の祖先から生まれた親戚なのだなということである。もちろん、種ごとに大きな違いはあるのだけれど、本質的な部分に違いはない。人間もそこに含まれる。著者も文中で言っている通り、人間と動物の違いは量的なものでしかなく、質的なものではないということだ。
四十億年の時を超えて生き延び、今、生きているのだから、方向はそれぞれに違えど皆、必要にして十分な進化を遂げてきたのである。その意味で等価だ。どの生物も違う歴史をたどればまったく違ったものになっただろう。いずれも偶然の産物である。
皆、生き延びて子孫を残す、という目的は共通なのに、置かれた環境、経てきた歴史の違いにより私たち人間とどれほど違った、どれほど驚異的な生態の動物が生まれたのか、本書はそれを教えてくれる。
本書は一応、分類すれば「ポピュラー・サイエンス」の本ということになるのだが、読むのに高度な科学知識は必要ない。もちろん著者は専門の研究者として極めて科学的に研究をしているのだが、その成果の一つである本書は、言ってみれば「異文化理解の本」になっているからだ。
相手は人間ではなく、人間とは異種の動物たちだが、それぞれがどのような社会を作りどのように暮らしているかを知る、という意味では、外国の文化、社会を知る、というのと本質的には同じである。自分と異質なものを知りたいという好奇心のある人ならば誰でも楽しめるし、得るものがある。
本書にはもちろん、知らなかったことを知る喜びがあるのだが、単に雑学知識が増えるということではない。最も大事なのはそれまでになかった新たな視点が得られることだろう。視点が増えれば、長期的には人生がまったく違ったものになる可能性がある。本書が読者にとってそういう一冊になれば訳者にとってこれ以上の喜びはない。
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「「渡り鳥がVの字で飛行する際の驚くべき省エネ戦略や、ライオンの子殺しの真相など、次々と「動物のひみつ」が明らかになり、人間や動物の社会性って何なんだろうと考えさせられる。辞書のように分厚い本だが、あれよあれよという間に読み進んでしまい、感動の読後感が残った」(竹内薫氏・サイエンス作家)
☆ダヴィンチWEB・書評掲載(2024/4/10)☆
「突き抜けた動物愛を持つウォード博士の視点は、まさに独特。目次を見ると「シロアリは女王のために自爆する」「ゴリラは自分の罪をネコになすりつける」「クジラは恨みを忘れない」など、どれも興味深いものばかりです。厚さ約4センチで、読み応えたっぷりの一冊」(中村未来氏)
☆世界各国で絶賛続々! あなたの世界観が変わる瞠目の書!!☆
山極壽一(霊長類学者・人類学者)
「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」
橘玲(作家)
「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」
サンデー・タイムズ紙
「非常に印象的な本だ。ウォードは動物を細部までよく見ていて、生き生きと書いている」
ガーディアン紙
「魅力的で並外れた物語。サイエンスの面白さを伝えるとびきりの贈り物だ」
ウォール・ストリートジャーナル紙
「あらゆる場面で読者を驚かせるものが待っている。この本を支えているのは、著者のストーリーテリングの天賦の才能だ」
スティーブ・ブルサット(エディンバラ大学教授・古生物学者、ニューヨークタイムズ・ベストセラー著者)
「著者は動物が一般に考えられているよりもずっと社会的であることを明らかにする。最新の科学に深く切り込みながら、古い固定観念を打ち砕く。著者が描くのは、牙と爪で血の色に染まった自然ではなく、協力と協調にあふれた自然の姿だ」