「起業家が後悔しないための本」をコンセンプトにした、『起業家のためのリスク&法律入門』が発売され、スタートアップ経営者を中心に話題を呼んでいます。実務経験豊富なベンチャーキャピタリストと弁護士が起業家に必要な法律知識を網羅的に解説した同書より、“スタートアップあるある”な失敗を描いたストーリーを抜粋して紹介します。第6回のテーマは「規制と業法」についてです。(執筆協力:小池真幸、イラスト:ヤギワタル)

ローンチさえしたら何とかなるさ!

 スマートフォンでの決済サービスは、かなり社会に普及したように思える。「ペイ」と名のつくサービスは、ある時期を境にとても増えた。

 ただ、最近は大手のサービスが市場を寡占しつつあることで、スタートアップがこの領域に参入していく動きも少し落ち着いたような印象も受ける。とはいえ、まだまだ既存サービスだけではカバーできていないニーズはたくさんある。逆に今こそ、スタートアップがユーザーの個別ニーズに即したサービスを手がけるチャンスなのではないか? ──そう考えた僕は、既存のサービスでは、比較的高額になると送金が難しい点に目をつけ、100万円以上でも送金可能な送金アプリを立ち上げることにした。

 フィンテック系のスタートアップでの事業経験を持つBizDevやエンジニアの仲間も集め、着々と準備を整える。サービスの構想や仕様も、どんどん練り上がってゆく。
 ただ、リサーチを進めていくうちに、1つの壁にぶち当たった。どうやら、個人間の送金サービスは、1件あたりの取引が100万円を超える取引については、第一種資金移動業の許可を得る必要があるとのこと。これが結構くせものらしい。財産の保全が求められるなどかなりハードルが高く、一般的には取得に半年から1年かかるとのことだ。

 まだどのくらい流行るのかもわからないサービスに、そんなに長い準備期間をかけるのは馬鹿げている。まずは小さく試して、少しずつ仮説の精度を高めていくのが、スタートアップの定石だ。それに、半年から1年も待っていたら、別の会社が似たようなサービスを展開してしまう恐れすらある。スタートアップにとって、1年という時間は気が遠くなるほど長い。

 このアイデアは成功する確信があるとはいえ、まだMVP(Minimal Viable Product)を立ち上げる段階。社会的なインパクトもまだ大きくないし、ある程度事業規模が拡大してから許可を得るのでも、遅くはないはずだ──そう確信した僕は、いったんはライセンスを取らずに、サービスを展開することを決めた。

 それから約3か月後。僕らが立ち上げた個人間送金サービス「スーパーPay」のMVPができあがり、β版をローンチすることに。感慨深さはあるが、あくまでもMVPだ。マーケットニーズを見て、今後の改善に活かしていくのが第一の目的。ローンチしたことに満足してはいけないと、気を引き締め直さねば。

とにかくローンチ!

「あれ? なんか、めちゃくちゃ登録数増えてる?」。実際にローンチしてみると、嬉しい誤算が生じた。既存の大手決済サービスの使いづらい点をうまくカバーする機能性が海外からやって来た富裕層を中心に予想以上に評価され、ものすごいペースでユーザー数が増えていったのだ。ローンチから1か月で、ユーザー数は当初の想定の20倍ほどに増加。サーバー負荷を軽減するための対策や問い合わせ対応に追われ、寝る間も捻出できない日々が続いた。

 でも、起業家にとって、こんなに幸せな忙しさもないだろう。彗星のごとく現れた僕らのサービスは、スタートアップ業界内でも大きな話題を呼び、メディアのインタビューをたくさん受けたり、仲間に加わりたいと言ってくれる人がたくさん現れたりした。まさに、成功の階段を駆け上がっている──はずだった。

金融庁からの電話

 終わりは突然訪れた。ある日突然、金融庁から電話がかかってきたのだ。「あなた方のサービスは、第一種資金移動業のライセンスが取得できていないにもかかわらず、100万円を超える取引が行われている可能性があります。事実関係を確認したいので、一度お話をうかがえますでしょうか?」。

 しまった、完全に忘れていた──。しかし、今からライセンスを取得すれば済む話だろう。そう思って、知り合いにフィンテック業界に詳しい企業法務専門の弁護士さんを紹介してもらい、話を聞いてみると、耳を疑う話が飛び出してきた。

金融庁から連絡が来る

「このミスはかなりクリティカルですね。そもそも今からライセンスを取るために半年から1年サービスを休止していたら、事実上のゼロからのやり直しになります。さらには一度このようなことがあると、金融庁からの印象がとても悪くなってしまうので、これから新たな許認可を取ったり、サービスを立ち上げたりするとき、先方からもかなり慎重にみられるでしょう。残念ながら、フィンテック領域での事業展開は、しばらくかなり茨の道だと言わざるを得ません」

 そんな馬鹿な──。せっかく一世を風靡するスタートアップになったのに。でも、弁護士の言う通り、ここからクローズしてライセンスを取り直していたら、少なく見積もっても1年ほどはかかる。それに、一度違法業者としてのイメージがついてしまったら、ユーザーや投資家からも、信頼を獲得するのが難しくなるだろう……目の前が真っ暗になった。