「起業家が後悔しないための本」をコンセンプトにした、『起業家のためのリスク&法律入門』が発売され、スタートアップ経営者を中心に話題を呼んでいます。実務経験豊富なベンチャーキャピタリストと弁護士が起業家に必要な法律知識を網羅的に解説した同書より、“スタートアップあるある”な失敗を描いたストーリーを抜粋して紹介します。第5回のテーマは「創業時の機関設計、コーポレート入門」です。(執筆協力:小池真幸、イラスト:ヤギワタル)

「取締役になれないなら入社しない」と言われて…

 ついに芽が出るんだ──会社を登記したとき、感慨深い気持ちに浸っていた。

「いつか起業するぞ」。その思いを胸に、新卒入社したメガベンチャーで10年間、セールスから事業開発、新規事業立ち上げまで、幅広く経験してきた。エンジニアリングやファイナンスの経験はまだまだ薄いけれども、モノを売ることに関しては、かなりの水準のスキルを培った自負がある。起業するときはともにチャレンジしようと話していた、同期入社のトップセールスにも声をかけ、営業支援SaaSを手がけるスタートアップを共同創業した。

 前職時代のツテで、創業前から、少額だが投資を約束してくれるVCもいた。早速、投資契約を結ぶことになったが、その中の条項の1つに、「取締役会設置会社」への移行を求めるものがあった。上場を目指す以上、取締役会を設置するのは当然だと思うし、監査役を入れて第三者目線を担保するのは、経営の健全化においても大切だろう。僕らは迷いなく、その条項を受け入れることに。

 1人は、VCから派遣されてきた人材が取締役の座に就いた。知り合いのツテで弁護士の紹介を受け、監査役を務めてもらうことにした。これで準備万端。あとはひたすら、プロダクトとチームを育てていくぞ!

 その後しばらくは、会社は順調に成長していった。プロダクトも、僕らのセールスの経験とノウハウがふんだんに詰め込まれていることもあり、地味ながらとても使い勝手がよいと評判に。右肩上がりでユーザー数が増えていった。それに伴い、人員も拡充。30過ぎでの起業ということもあり、比較的マチュアな即戦力人材が集まる、落ち着いた雰囲気の会社になってきて、僕はそれをとても気に入っていた。「あぁ、いま人生で、一番幸せかもしれない」。

 そんな最中、VCから派遣されてきた人材経由で、ある1人の鳴り物入り人材を紹介してもらった。外資系コンサルティングファームで、若くしてかなり責任のある立場を任され、実際に数々の大型プロジェクトを成功に導いてきた人だ。年は僕よりも少し若いものの、この人が入れば、会社が上向くことは明白だった。

 僕らのミッションにも共感してもらえ、(少々無理はしたが)なんとか給与面も折り合いがついたところで、1つ要求が来た。「取締役クラスの役職がほしい」とのことだ。「これだけの実績を積み重ねてきた自分が、何の役職もなしでスタートアップに入るなんてありえない」。意志は強そうだった。

 正直、役職なんて、結果さえ出してくれて、ポジションが合致すればいくらでもお願いするつもりだった。わざわざ要求してくるとは思わなかったので驚いたが、「これも会社の成長のため」と、取締役としてジョインしてもらうことにした──この意思決定が、後に大きな禍をもたらすとは露とも知らずに。

取締役になりたい

 風向きが怪しくなったのは、その数か月後。

 新たに取締役に迎え入れた彼が、まったく成果を出せないのだ。スタートアップを成長させることと、コンサルティングファームで大型プロジェクトを成功させることは、似て非なるもの。ロジックを詰めきらずとも泥臭く手を動かすことがスタートアップでは大事なのだが、そうした進め方を良しとしないのだ。とにかく事前の詰めに時間をかけ、他の人の計画の揚げ足取りばかりに注力。そうしているうちに機を逸してしまい、結局機会損失ばかりが出てしまう。でも絶対に自分の非は認めず、「なんでこんな無能な人しかいないのだ」と悪態をつきはじめる始末。

 しまいには、僕と共同創業者の2人も無能扱いするようになり、取締役会ではあらゆる意思決定に反対してくるようになった。もともとの知り合いであった、VCから派遣された取締役も味方につけたようで、2人して僕らの意見にひたすらケチをつけてくる。僕と共同創業者が取締役会で何かを提案しても、常に2人して反対を表明するので、何も決議できない状況になった。監査役は監査役で助け舟を出すことなく契約書に関する細かい指摘ばかりでうんざりだ。

取締役会のたびに死にたくなる

 VCのことは十分にリスペクトして接してきたし、新たな取締役には高額の報酬を支払ってきた。それにもかかわらず、成果が出ないどころか、マイナスしか生まれない状況に。こうなったら辞めさせたいけど、取締役の解任なんて見栄えが悪すぎる……。

 せっかくプロダクトもチームもいい感じになってきたところなのに、まさかこんなところに落とし穴があるとは。安易によく知らない人を取締役に任じるべきじゃなかったんだ──。