EUの「DMA」、米企業狙い撃ちでも不問に
「外国貿易障壁報告書」でも言及せず

 EUが3月7日から全面適用を開始したDMAは、巨大IT企業に自社サービスの優遇を禁じ、違反した企業には世界売上高の最大20%の制裁金を科す。規制対象となる「ゲートキーパー(門番)」は、EU域内での売上高や利用者数を基準に選定されるが、第1弾の対象となった6社のうち、中国のバイトダンスを除く5社(アルファベット、アップル、メタ、アマゾン、マイクロソフト)は米国企業だ。

 岸田政権が今国会での成立を目指すスマホソフトウェア競争促進法案の対象も事実上、アップルとグーグルが念頭に置かれており、実質的な米国企業の包囲網が広がっている。

 しかし、米国のバイデン政権が、こうした各国の取り組みに強く反対している様子は見られない。それどころか、DMAの全面適用に合わせるように、通商政策を担う米通商代表部(USTR)はこれを問題視しない方針を明確にしている。

 DMA不問の方針は、3月31日に公表された2024年版の「外国貿易障壁報告書」で明らかになった。外国貿易障壁報告書は、USTRが毎年取りまとめる報告書で、米国政府が問題視する諸外国の貿易や投資に関する障壁が列挙されている。

 かつては高関税などの制裁措置の発動を検討する根拠とされたこともあり、日本でも1980~90年代の対米貿易摩擦の最盛期には注目度が高かった報告書だ。

 USTRは24年版の報告書では、デジタル貿易に関する障壁の掲載を大幅に減らしている。昨年までは言及されていたDMAはもちろん、日本についても、「特定デジタルプラットフォームの透明性および公正性の向上に関する法律」などのデジタル貿易の障壁に関する指摘が消えた。

 各国による米IT企業を狙い撃ちにするような政策が本格化してきたタイミングでUSTRは、こうした動きを「不問に付すことにした」というわけだ。

デジタル貿易推進のルール作りから撤退
全米商工会議所などは反対や懸念表明

 方針転換には、前触れがあった。既に昨年からバイデン政権は、各国の規制を国際的なルールで封じ込めようとしてきた過去の政権からの方針を翻し、デジタル貿易を推進するための国際的なルール作りからの撤退を進めていた。

 それまでのバイデン政権は、国境を越えたデータ流通の自由化に加え、データローカライゼーションやソースコード開示要求の禁止などで、デジタル貿易の国際ルール作りを提唱してきた。

 トランプ前政権が、米墨加協定(USMCA)や日米デジタル貿易協定などで進めてきたルール作りをグローバルに展開する戦略だが、米国内でも大企業に批判的な左派の民主党議員などからは、巨大IT企業の利益が優先されすぎており、データセキュリティーの確保や独占・寡占の阻止が難しくなるとの批判が出ていた。

 こうしたなかで昨年10月にバイデン政権は、世界貿易機関(WTO)で進められていた国境を越えたデータ流通促進に向けたルール交渉からの撤退を明らかにした。日本が参加するインド太平洋経済枠組み(IPEF)でも、昨年11月にサンフランシスコで開催された閣僚会合に先立って、主要な交渉議題だったデジタル貿易に関するルール作りを中断する意向を参加国に伝えている。

 24年版の外国貿易障壁報告書でデジタル貿易に関する障壁への言及が減らされたことは、こうした一連の流れの延長線上にある。

 米国の産業界は事前に報告書の方針転換を察知しており、全米最大の経済団体である全米商工会議所を筆頭に、サービスや情報通信などの業界団体が、X(旧ツイッター)などを通じて、「(WTO交渉からの撤退などと併せて)デジタル貿易における米国のリーダーシップの後退が明白になる」「デジタル貿易に従事する労働者にとって深刻な打撃になる」などと、こぞって警鐘を鳴らしていた。

 貿易障壁として米国政府が問題視しなくなれば、各国は米国企業に対する障壁を作り放題になるのではとの懸念が産業界に広がっていた。

「自由貿易推進」は主課題でなくなった
国家安全保障でデータ移転制限

 こうした米産業界の懸念にもかかわらず、バイデン政権は外国貿易障壁報告書でデジタル貿易に関する障壁への言及を大幅に減らした。そこから浮かび上がるのは、企業に寄り添わない通商政策への転換だ。

 米国は、第2次世界大戦後のGATT(関税および貿易に関する一般協定)からWTO(世界貿易機関)に至る国際的な枠組みを通じて、自由貿易の名の下に各国の市場開放を進め、米国企業のビジネスを後押ししてきた。通商交渉の現場に米国企業の関係者が帯同することも珍しくなく、政府側で交渉に携わってきた高官が、ロビイストに転身して企業と政府の橋渡しを行うなど、人的な結び付きも強い。

 共和党と比べると自由貿易に距離がある民主党の政権ですら、米国企業の意向を二の次にして、通商政策を進めることはまれだった。

 しかしバイデン政権は、こうした枠組みからの脱却に動き始めた。デジタル貿易のルール作りからの撤退は、その象徴である。バイデン政権にとって、企業が好む自由貿易の推進は、もはや通商政策の主たる目的ではない。巨大IT企業の独占・寡占阻止や経済安全保障、さらには気候変動対策など、さまざまな政策課題との整合性を優先するのが、バイデン流の通商政策なのだ。

 米国がWTOでのデジタル貿易のルール作りから撤退した理由を、USTRは「政策の余地(policy space)」という言葉を使って説明している。

 巨大IT企業による独占・寡占に関しては、多くの国々が対応策を検討しており、こうした取り組みを国際的なルールが阻害しないように、各国に政策の余地を与える必要がある。だからこそ米国は、デジタル貿易の国際的なルール作りから撤退するという説明だ。

 裏を返せば、米国自身も国際ルールに縛られずに、自国の判断で巨大IT企業対策に取り組むという意思表示にほかならない。実際に、USTRのタイ代表は、方針転換に懸念を示していた米国議員に対する書簡の中で、国際ルール作りからの撤退によって、「(米国の)議会と政権が行動を起こすための「政策の余地」が生まれた」と指摘している。

 米国には、経済安全保障上の観点で国境を越えたデータの自由移動を制限したい理由がある。2月28日にバイデン政権は、中国やロシアを念頭に、国家安全保障上の懸念がある国に対し、米国民の個人情報を保護するためにデータ移転を制限する大統領令を発表している。

 独占・寡占に関しても、司法省がアップルを、連邦取引委員会(FTC)がアマゾンを反トラスト法(独占禁止法)で訴えているように、巨大IT企業への警戒感は高い。FTCで巨大IT企業対策の陣頭指揮を執るカーン委員長は、タイ代表との連携を明言しており、競争政策と通商政策の融合が進んでいる。

経済安保や気候変動対策で
政府調達や鉄鋼貿易でも姿勢変化

 自由貿易原則からの後退はデジタル貿易だけではない。外国貿易障壁報告書の発表にあたりUSTRは、デジタルの領域に限らず、「各国政府が公共の利益のために規制を設ける主権を尊重する」とプレスリリースで表明している。

 報告書の頁数は昨年の8割強にまでスリム化されており、この報告書を掲げ米国企業のために各国の市場をこじ開けていった過去のUSTRからは隔世の感がある。

 一例を挙げると、24年版の外国貿易障壁報告書では、政府調達における現地調達の義務付けに関する言及が減らされた。確かに、米国自らがサプライチェーンの再構築や製造業の自国回帰に乗り出しており、その手段として「メード・イン・アメリカ」の現地調達を活用しているなかでは、他国に対して自由化を要求し続けるのは筋が通らない。

 外国貿易障壁報告書のほかにも、例えば気候変動対策との関連では、鉄鋼などの貿易で製造時のCO2排出量が少ない「グリーン鋼材」を優遇する取り決めが、EUとの間で模索されている。

 自由貿易を原則とする従来の国際ルールとは異質だが、気候変動対策を重視するバイデン政権は、4月16日に気候変動と貿易に関するタスクフォースを組成することを明らかにしており、通商政策を気候変動対策のツールとして使っていく姿勢を明らかにしている。言うまでもなく、USTRのタイ代表もこのタスクフォースのメンバーだ。

企業に寄り添わない通商政策の賛否
問われる政府と企業の距離感

 こうした転換が、米国内で幅広い支持を確立しているわけではない。ウォーレン上院議員など、かねて企業の政治に対する影響力の強さを問題視してきた民主党左派の議員は、バイデン政権の方針転換を絶賛しているが、その一方で、特にデジタル貿易の国際ルール作りからの撤退に関しては、上下両院で民主党を含む超党派の議員団が反対を表明しており、バイデン政権の足元の民主党ですら意見は分かれている。

 とはいえ、通商政策を切り口として、政府と企業の距離感が問われているのは間違いない。企業に寄り添わない通商政策は、幅広い政策目標の達成を助けるツールになり得る一方で、自由貿易の推進力低下を通じて世界経済の分断に拍車をかけるリスクをはらむ。

 通商政策で政府を頼りにくくなる企業にとっても試練となりそうだ。

(みずほリサーチ&テクノロジーズ調査部長 安井明彦)

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