何かを提案をした時、こんな言葉を言われたことはないだろうか?
「なんか、普通だね」
「他の商品・サービスと何が違うの?」
「この会社でやる意味ある?」

などなど。サービスや商品、仕組みなど、新しい何かをつくろうとするとき、誰もが一度は投げかけられる言葉だろう。
そんな悩めるビジネスパーソンにおすすめなのが、細田高広氏の著作『コンセプトの教科書』。この連載では、グローバル企業、注目のスタートアップ、ヒット商品、そして行列ができるお店をつくってきた世界的クリエイティブ・ディレクターの細田氏が、コンセプトメイキングの発想法や表現法などを解説する。新しいものをつくるとき、役立つヒントが必ず見つかるはずだ。(初出:2023年6月16日)

「原材料高騰のため」という値上げの言い訳は、今すぐやめるべき。その理由とは【書籍オンライン編集部セレクション】Photo: Adobe Stock

インフレは本質的なマーケティングに挑むチャンス。

 長く続くデフレの時代が終わり、物価が上がり始めました。現状をインフレと呼べるかどうかというと微妙なところですが、少なくても「これまでが安すぎた」という認識が世間に広がりつつあるのは確かなようです。
 しかしながら、多くの企業はまだ値上げを恐れているように見えます。「原材料価格の高騰などを受けて...」と、申し訳なさそうな素振りを見せて値上げに踏み切る企業が少なくないからです。しかしこの「原材料が高いから」という常套句は、あまりにも企業都合ではないでしょうか。いろいろな事業があって、そうとしか言えないことがあることも理解できます。
 しかし本来ならば、言い訳をするよりも、生活者に対して「価格以上の価値がある」と納得してもらう方が誠実なマーケティングだと言えるでしょう。

 では、そもそも価値とは、どのように伝えればいいのでしょうか。象徴的な例から考えてみます。

電球とロウソク、どっちの方が価値がある?

 電球の発明によって、暗がりをなくすというロウソクの機能的役割は、ずいぶん前に終わりを迎えました。では、ロウソクは今も売れているでしょうか? 実はロウソクの売り上げは2000年代以降も多くの先進国で伸び続けているのです。なぜでしょうか。

 それは現代人がロウソクに新しい意味を見つけたからです。電気の時代、ロウソクはキャンドルへと名前を変え、「明かりを灯すもの」から「暗がりを楽しむもの」「あたたかい雰囲気をつくるもの」として発展することになりました。最先端のLED電球よりもはるかに高額な、数万円するキャンドルも売れています。この逆転現象は技術的先進性だけをイノベーションと呼ぶ発想では、永遠に理解できません。
 価値を伝えることとは、機能やスペックを説明することではなく、生活者にとっての「意味」を理解してもらうことなのです。

あなたは「新しい意味」を語れるか。

 典型的なデフレ時代のマーケティングは「数字」の競争でした。コスパを求める生活者に対して、同じ価格でどれだけ機能を詰め込み、スペックを上げられるかを競ってきたのです。電球に対して1円あたりの「明るさ」や「寿命の長さ」だけを追求するようなデフレ発想では、キャンドルをLED電球よりも高値で売るなんて、不可能に思えます。

 一方で、インフレ時代に価値を高めるマーケティングをしようとするならば、誰をどのように幸せにするかを考え、言語化することになります。明るさではLED電球に劣るキャンドルであっても「仲間や家族とのホームパーティで、暖かい雰囲気を演出する」という意味を提案し、共感を獲得できれば、最先端の電球以上に高い価値を感じてもらうことは十分に可能なのです。

 一生に一度の思い出をつくる旅行、所有する喜びを得るための高級車、自分のアイデンティティを表明するためのシャツ、カルチャーとの繋がりを示すためのシューズ。原価をはるかに超えた価格でも飛ぶように売れるモノや体験には、明確な「意味の設計」があります。

 本格的にインフレの時代が来るならば、それはブランドの意味を見つけて価値をつくる、本質的なマーケティングに向き合うチャンスかもしれません。言い訳を繰り返している場合では、なさそうです。

 このほかにも、『コンセプトの教科書』では、発想法から表現法まで、コンセプトづくりを超具体的に解説しています。