1年前から続くインフレは、一過性か、持続的か。筆者の研究室が実施した物価に関するアンケートを基に、このインフレが持続的であることを示そう。(東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努)
初めてインフレを経験した「インフレを知らない世代」
日本で消費者物価(CPI)の上昇が始まったのは2022年4月、今から1年前のことだ。
米欧で2021年の春から始まっていたインフレが日本に流入してきた。当時、民間エコノミストの間では、インフレはすぐに終わるという見方が少なくなかった。背景には、このインフレが「コストプッシュ型」と考えられていたことにある。
コストプッシュ型とは、海外から輸入するエネルギーや原材料の価格上昇により、国内価格も上昇することだ。輸入物価の上昇が一巡すればインフレも終わるので、日本のインフレは一過性という理屈である。
日本のインフレが一過性か持続的かについては、いまだに結論が出ていない。今もなお一過性のインフレという見方は大勢を占めているが、持続的なインフレが始まったという見方も徐々に増えている。
米国では2021年春以降のインフレを巡って、一過性(Transitory)とみる識者と、持続的とみる識者が対立していた時期があった。後者は前者をTeam Transitoryとやゆしたものだった。日米で文脈はやや異なるものの、本質的にはよく似た論争が日本で今まさに進行している。
筆者は1年前にCPIが上昇し始めた時点から今に至るまで、今回のインフレには持続性があるとみている。また、企業や労働組合で現場の最前線を見てきた中で、その認識がさらに強まっている。以下で理由を説明しよう。
インフレが持続的になるためには、海外から入ってきた一過性のショックが、国内で「増幅」されなければならない。増幅の仕組みとして筆者が最も重要とみているのは、人々が予想する将来の物価についての予想(インフレ予想)だ。
日本の消費者のインフレ予想は長らく低かった。商品価格が毎年据え置かれるデフレ状態が長く続いたからだ。
デフレが始まったのは1990年代中頃だ。だから、30歳未満の若い世代は、生まれてこの方、デフレしか経験したことがない。40歳であっても、実質的にインフレの経験はない。私は40歳未満を「インフレを知らない世代」と呼んでいる。
日本の消費者のインフレ予想が低かった主因は、40歳未満のインフレ予想が低かったことにある。インフレ予想を年齢別に調べると、若年層の方が低い傾向が確認できる。ただしこれは、若年層の買う商品がシニア層の買う商品より安いからかもしれない。
つまり、各世代のインフレ予想は、(1)インフレを知らない世代か否かと、(2)世代別で買われる商品の価格の差という2つの要因がある。
このうち(1)だけを抽出する方法がある。日本人と、日本に在住する外国人とでインフレ予想がどのように異なるかを調べればよいのだ。ここからは、筆者の研究室が実施した物価に関する調査を基に解説する。