「プロジェクト2025」「第2のアメリカ革命」とは何か?
既存の行政国家の土台を掘り崩す
世論調査の支持率が急伸している状況からすれば、トランプ氏の再選の可能性は高まったとみてよいだろう。トランプ氏が再選されればどのような行動を起こすであろうか。
保守系の有力シンクタンク、ヘリテージ財団が発表した「プロジェクト2025」は、いわば第2期トランプ政権の政策の青写真といえる。
同財団は、1973年にメロン財閥系のスケイフ・ファミリー財団とビールで有名なクアーズの経営者のジョゼフ・クアーズの出資により設立された。ヘリテージ財団は、80年代のレーガン政権の頃から活発に活動し始め、連邦、州、地方の政治に影響を及ぼし始めた(ジェイン・メイヤー『ダーク・マネー』東洋経済新報社、2017年、pp. 116-117)。
現在の代表であるケビン・ロバーツ氏は7月上旬、右派系ケーブルチャンネルReal America’s Voiceで、「われわれは第2のアメリカ革命の最中にある」と述べ、反乱は「左派が許せば無血となる」と語った(Simon J. Levien, What is Project 2025 and Why is Trump Disavowing It?, The New York Times, July 11, 2024)。
彼らは、なにを目指しているのだろうか。
具体的には、「ポルノグラフィーの違法化」や「商務省・敎育省の廃止」「司法省の独立の否定」「環境保護政策の否定」「中絶反対」「移民取り締まりのための軍隊の動員」などが掲げられている。いわばキリスト教保守派の政策スローガンの羅列だ。
さらに「性的指向」「ジェンダー平等」「多様性」「包摂(DEI)」「リプロダクティブの権利」といった用語を、連邦のあらゆる規制や契約、法律の条文から排除するなど、保守的な家族観や行政介入を前面に押し出した主張が見られる。
トランプ氏は、「プロジェクト2025」との関わりを公式には否定している。しかし、この政策提言の策定には、第1期のトランプ政権で財務アドバイザーだったラッセル・ヴォート氏や共和党全国委員会政策担当のジョン・マッケンティー氏らが加わっており、彼らは、2期目にも政権への参加が予想されている。
トランプ氏は、今回の大統領選では無党派層などを意識して、中絶の問題は州レベルの判断に委ねるなどとして、この政策の一部を否定してみせたが、彼は大統領の時代に、中絶を行うクリニックに対する補助を打ち切ってきた。語るに落ちるというべきだろう。
トランプ氏らはあわせて、行政機構の抜本的な変革をも視野に入れている。大統領が任命できる連邦の役職約4000人、公務員5万人を対象に任命権を最大限に利用し、自らのスタッフや忠誠者で行政機関を埋めようとしているのだ。トランプ氏の側近スティーブ・バノン氏は、「プロジェクト2025」を掲げつつ、「これで行政国家のレンガを一つひとつ取り崩す」と息巻いた。
最高裁判断、大統領は超法規的存在に
「帝国的大統領」制を既成事実化
行政だけでなく司法に対しても大統領の権限を高める動きがある。
7月1日に 連邦最高裁判所が、大統領の「公的な行為」について刑事責任が免責されるとの判断を示したことだ。
トランプ氏は、大統領在職中に前回2020年の大統領選の結果を翻そうとした。米議会議事堂襲撃事件(2016年1月6日)などへの関与で刑事訴追されているが、この最高裁判断をもとに、審理が改めて地裁で行われることになり、トランプ氏に対する連邦刑事訴追の判決は選挙後に先延ばしになった。
より重大なことに、在任中の行動についての免責を認める判断のもとで、議会襲撃事件という“クーデター未遂行為”が事実上、不問にされる可能性が出てきたことだ。これはトランプ氏の再選に、きわめて有利に働くだろう。
連邦最高裁の少数派ソニア・ソトマイヨール判事は反対意見を述べ、「大統領と彼が仕える人々との関係は、取り返しのつかないほど変化した。公式権限の行使において、大統領はもはや法律の上の王である」と指摘し、憲法は大統領の刑事訴追を明確に想定しており、大統領は議会によって弾劾されるし、法に基づき起訴、裁判、判決および処罰を受ける責任を負うべきだと明確に述べた。にもかかわらず、こうした判断がされたというのは奇妙というほかない。
ハーバード大学ロースクールのノア・フェルドマン教授は、この最高裁による免責の判断について次のように記している。
「帝王的大統領制(Imperial President)という既成事実を合憲化するような大胆な判決で、連邦最高裁判所はドナルド・トランプ氏の大統領在任中の公的行為について、ほぼ全面的な刑事免責を確立した。最高権力者が権力を持ちすぎると、共和制が帝政に変わってしまうことを恐れていた建国の父たちを驚愕(きょうがく)させるような結果となった」
大統領の行為が公的かどうかというのは事柄に応じて議論の幅があり得るが、フェルドマン氏によれば、そのような行為は恣意的に定義され、ある行為が公的なものであるか否かを判断する際に、下級裁判所はトランプ氏の動機を調べることはできないと述べる。
いずれにせよ、この最高裁の判断の結果、議事堂襲撃事件に関連する行為に関連するトランプ氏への刑事訴追はほぼ棄却されるとの見方が多い。
フェルドマン氏も「最高裁は、2020年の選挙を覆そうとするトランプ氏の法的責任を追及する歴史的な取り組みを台無しにした。これは驚くべきことであり、悲劇的なことだ」という。(Noah Feldman, Emperor Trump? Supreme Court Just Expanded the Imperial Presidency, Bloomberg, 2024 July 2)
すでに連邦最高裁の判事9人のうち、第1期トランプ政権で指名された判事を含めて保守派は6人であり、事実上、司法はトランプ氏が押さえているとみてよい。リベラル派のソトマイヨール判事は70歳で、糖尿病を患っている。トランプ政権2期目の間に彼女が退任した場合、最高裁のリベラル派の割合はさらに少なくなる可能性がある。
アメリカの憲法は、立法、行政、司法の制度的なあり方を規定しており、その後付け加えられた修正条項によって補完されている(修正条項は現在27条あり、1891年にできた修正第1条から第10条までは信教や表現の自由、財産権、裁判を受ける権利などを定めたものであり、「権利の章典」と呼び習わされた。それに、さらにその後、「奴隷制の廃止」(1865年)、「女性の参政権」(1920年)、「大統領3選の禁止」(1951年)などの修正条項が加えられた)。
憲法は、さまざまな制約が指摘されるが、全体としては、国家機構の民主的な構成と権限、三権のチェック・アンド・バランスの仕組みを明記し、国民の諸権利を表現するという近代的なものだ。
だが、トランプ再選で権威主義体制が復活・強化されることになれば、こうした憲法体制は灰燼(かいじん)に帰す可能性がある。
「民主主義から独裁制への移行は急加速」
トランプ氏は三権を掌握するか?
いま、国民の間で分断が深刻化し、対立する党や支持層が相手の主張や異なる価値を認めようとしない状況があり、そして「帝王的大統領」を志向し、あたかも独裁者のようにふるまうトランプ氏に大衆が“熱狂”している。アメリカの民主主義は終焉(しゅうえん)の淵であえいでいるかのようだ。民主主義というよりも、アメリカの憲法体制そのものの危機というべきかもしれない。
南北戦争でさえ、それは南部諸州の独立と奴隷制のあり方が争われたにすぎず、アメリカの政治体制そのものの破壊が企てられたわけではなかった。市場経済にさまざまな政府介入が行われた1930年代のニューディールの時代も、未曽有の経済崩壊に際して政治・経済制度を作り直し、社会が新たな形質を獲得することによって危機に対応しようとしたものにすぎなかった。しかし今回の動きはそれらとはちがう。いわば、アメリカの政治体制、憲法体制そのものの危機だ。
ジョージメイソン大学のジャック・ゴールドストーン教授(公共政策論)は、ジャーナリストのトマス・エドソール氏の質問に答えて、現時点でのアメリカの危機について次のように述べている。
「ほとんどの人々には理解されていないが、アメリカの民主主義はすでに危機的なまでに毀損(きそん)されている。民主主義から独裁制への移行は、最初は緩やかであるが、その後は急加速する」
ゴールドストーン教授は、民主主義を突き崩す要因として、「制度への信頼の喪失」「賃金の停滞」「経済的不平等」「移民に対する反感」といった要素を挙げている(Thomas Edsall, Trump 2025 is Coming into View, The New York Times, July 10, 2024)。
そしてさらに彼は、次のように付け加える。
「権威主義に完全に移行するには、権威主義的支配を求める一人の大統領がいれば足りる。トランプ氏は明らかにそうした人物である。シンクタンクは保守派、企業、およびキリスト教が主導するアメリカを再構築するために、大統領が絶対的権力を行使すべきプランを練ってきた。トランプ氏の再選は、われわれが民主主義とみなしてきたものをほぼ確実に終わらせるだろう」
トランプ氏は、再び大統領となって行政権限を固めれば、あとは立法府を固めようとするだろう。大統領が、行政行為の免責で、なにをやっても有罪にならないとすれば、投票妨害、ゲリマンダー(恣意的な選挙区の改変)、さらには議員や候補者、あるいはその家族に対する脅迫やいやがらせなどの破廉恥な手段に訴えてでも、議会で3分の2を取りにいくだろう。そうすれば、憲法の修正を発議することもできる。
こうして考えると、立法、行政、司法の三権が事実上、トランプ氏個人の手に集中することが全く絵空事でないことが分かる。もしもこれらが実現すれば、事実上、アメリカの政治制度はその根幹が揺らぎ、権威主義体制が成立する。さらに、これに軍事的動員の要素が加われば、ファシズム体制ができあがる。
背景に、白人保守層の経済的窮乏化
キリスト教右派のナショナリズムの強まり
イギリスの社会学者ポール・メイソン氏が、ファシズムの特徴を概観し、次のように記しているのは、以上のようなストーリーのシーケンスをうまく説明している。
「ファシズムは、資本主義が深刻かつ長期の経済危機に突入したとき、そしてまた、通常は受動的に再生産されるイデオロギーでは世界を説明できないと多くの人々が感じたときに始まる社会的崩壊過程の産物だ。ファシズムへの転換は、従属的と思われていた集団が急に力とそれを表現する代理人を得、実際に自由を体現しあるべき姿を示すために反乱を起こしはじめることが引き金となる」(Paul Mason, How to Stop Fascism: History and Ideology and Resistance, Allen Lane, 2022. p. 190)
1970年代初頭以降、あるいは2007~2008年の金融危機以降、白人保守層の経済的窮状は深刻なものとなった。既存のキリスト教的伝統的価値観は人種的、性的多様性を許容できず、彼らはますます自分たちを、包囲され攻撃された少数派に転落しつつある集団とみなすようになった。そして彼らを文化的落伍(らくご)者とみなし疎外するリベラルなイデオロギーに対して、正面突破をしかけるほかなかった。少なくとも彼らにはそのように映ったのだ。
そしてその力は、福音派を中心とする保守的なキリスト教ナショナリズムの大きな流れとなり、政治の舞台に浸透してきた。
前述したヘリテージ財団も1970年代にキリスト教保守派の活動家らが作った組織に企業の「ダーク・マネー」が流れ込んでできた団体だ。こうしたキリスト教右派と企業とが一体となった営々たる運動の頂点が、トランプ氏といえる。
彼らにとっては、現在進行中の権力掌握過程は、後戻りできない流れであり、宗教的信条と経済的・社会的ステータスを守るための死にものぐるいの試みなのである。
リベラル派はこうした流れを遮ることも、別の方向性を与えることもできずに今日まできてしまった。ここにアメリカの危機の本質があるように思える。
(獨協大経済学部教授 本田浩邦)



