トランプ前大統領の生死をわけた「初動」、セキュリティの専門家が「銃社会の人ならでは」と称賛Photo:AP

トランプ元大統領銃撃事件で浮き彫りになった驚くべき警備の落とし穴。鍵を握った「シークレットサービスの2つの落ち度」「不可解なカウンタースナイパーの動き」を専門家が徹底解説。銃撃直後、トランプ氏が取った「巧みな初動」が銃社会アメリカを象徴していた。(セキュリティコンサルタント 松丸俊彦、構成/ダイヤモンド・ライフ編集部)

シークレットサービスの落ち度(1)
「高所警戒」の欠如

 トランプ元大統領が銃撃を受けた後のシークレットサービスの動きは完璧で問題ありませんでした。高度な訓練を受けたシークレットサービスが元大統領の上に覆いかぶさり、安全を確認した後、トランプ氏を囲みながら車両まで移動させました。

 今回のトランプ元大統領銃撃事件における警備上の最大の問題点は、「なぜ狙撃を許してしまったのか」という点に尽きます。

 今回の事件における警備上の問題点が大きく2つあったと考えます。

 1つ目は、「高所警戒」の欠如です。日本の警察では、ビルの屋上や高層階といった警護対象より高い位置に対する警戒を「高所警戒」と呼んでいます。

 トランプ氏を狙撃した容疑者がいたと思われる建物はトランプ氏からわずか130mしか離れていませんでした(7月14日 CNN)。日本でもそうですが、アメリカでも通常はそういった場所に警察官を事前に配置するはずです。

 さらに、演説会場の周辺には高い建物がほとんどなかった(7月14日 BBC)ので、この建物を警戒していないはずがありません。 高所警戒の体制がどうなっていたのかが、 今回の襲撃事件のポイントとなります。

 アメリカではシークレットサービス、日本では警護員やSP(警視庁警備部警護課)が首脳や要人を守りますが、実は周辺のビルや建物の警戒は管轄の地元警察署の仕事となります。

 今回のアメリカの事例では、容疑者がいたビルは規制線や警戒区域の外にあったため、地元の警察が担当することになります。日本の場合、警察官の数が不足していたり、警戒場所が多すぎる場合は、1人で複数のビルを監視したり、地上の警察官が複数のビルの屋根や窓を見るなどの対応をします。また、ビルの空きテナントや空き部屋も危険なため、不動産業者やビル所有者に事前に接触して安全対策を施します(管理者対策)。

 今回のような大規模な集会だと、事前に計画や申請が行われていたはずです。警備計画を立てたり、管理者対策をに充てる時間は十分にあったはず。それにもかかわらず見逃してしまったということになります。

 地元警察の警備計画をシークレットサービスが十分にチェックしなかったか、または事前実査が適切に行われなかった可能性があります。事前実査とは警護対象者が現場に到着する前に行われる事前の調査のことです。警備計画の最終確認の役割を果たします。

 事件が起こったペンシルベニア州バトラーは人口1万3000人程度の小さな町、地元警察が大規模な警備に不慣れだったこと、またはベテラン担当者の不在などが考えられます。地元警察の見落としを、シークレットサービスも計画チェックや実査の段階で気づかずに実施してしまったのではないかと推測されます。 

 日本でも、奈良県で安倍元首相が銃撃された際には、奈良県警が警備計画を作成し、奈良県警と伴に警視庁のSPがその計画に従って警備に当たりました。

シークレットサービスの落ち度(2)
「情報共有」の失敗

 警備上の問題点の2つ目は、情報共有です。

 具体的には、集会の参加者が警察官に、ライフル銃を持った男が屋根に上がっていくのを見たと伝えていました(7月15日 ANN)。しかし、この情報が結果的に銃撃を防ぐために活かされなかったのです。警察官がその情報を無視したのか、管轄警察署とシークレットサービスの連携が不十分だったのかは不明です。

 無線で共有されていれば、カウンタースナイパー(要人を警護する側のスナイパー)がその情報を受けて対応し、事前に容疑者を狙撃するか、シークレットサービスがトランプ元大統領の演説を中断させて守りの体制に入ることができたはずです。