世の中には「結果を出すには経験が必要だという人」がいる一方で、「結果を出すには経験がないほうがいいという人」もいる。この違いは何だろう?
本連載では、ビジネスパーソンから経営者まで数多くの相談を受けている“悩み「解消」のスペシャリスト”、北の達人コーポレーション社長・木下勝寿氏が、悩まない人になるコツを紹介する。
いま「現実のビジネス現場において“根拠なきポジティブ”はただの現実逃避、“鋼のメンタル”とはただの鈍感人間。ビジネス現場での悩み解消法は『思考アルゴリズム』だ」と言い切る木下氏の最新刊『「悩まない人」の考え方 ── 1日1つインストールする一生悩まない最強スキル30』が話題となっている。本稿では、「出来事、仕事、他者の悩みの9割を消し去るスーパー思考フォーマット」という本書から一部を抜粋・編集してお届けする。

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「知識・経験を積めばなんとかなる」という危険な思考回路

「できない理由」を挙げるとき、多くの人が「経験がないのでできません」「知識がないので無理です」などと言う。

 これは裏を返せば、「時間をかけて経験や知識を少しずつ積み上げていけば、いつかできるようになる」ということ。

 しかしこれは単なる思い込みにすぎない。
 どれだけ時間をかけても、この人の中には「できる」という手応えは生まれない。むしろ、キャリアを重ねていくほど、「できない」と感じることが増えていく。

 こうして、いつしか「悩めるベテラン」が生まれる。

「知識・経験を積めばなんとかなる」という思考回路は、悩みの発生装置にほかならない。

「悩まない人」は「経験」とか「成長」に対して、どのような考え方をしているのだろう?
 ここでは、その思考アルゴリズムを見ていこう。

知識が上達を妨げる──「はずんで、打って」のテニス練習法

 アメリカで行われた「テニスの指導実験」の話をしよう。
 被験者になったのは、一般の45歳の女性。彼女は一度もテニスをしたことがなく、運動が得意なわけでもない。

 この実験の目的は、細かい技術指導なしに彼女にテニスを習得させることだ。

 まずコーチは、女性をテニスコートに立たせる。
 そして、地面にワンバウンドさせたボールをパーンと打つ動作を、彼女の目の前で何度も実演した。

 彼女はただボーッと見ていたわけではない。
 コーチがボールをはずませた瞬間に「はずんで」、コーチが打った瞬間に「打って」と声に出すよう指示されていた。

 これをしばらく繰り返すと、女性はボールを打つリズムやタイミングをつかんでいった。

 そこで、指導は次の段階に入る。
 今度はコーチが立っていた場所に女性を立たせる。

 とはいえ、彼女は手には何も持たされていない。
 コーチは彼女に向かってボールをバウンドさせ、「はずんで」と言わせる。

 そして、コーチが打っていたのと同じタイミングで、「打って」と口に出すように伝えた。
 この単調な練習を繰り返させ、タイミングをつかませていった。

 そしていよいよ、テニス指導は最後のフェーズに入る。
 コーチは女性にラケットを持たせ、次のように伝えた。

「それじゃあ、実際にラケットを振ってごらん。いやいや、別に打つ練習じゃないんだ。ただ『はずんで』『打って』を声に出して言うだけのことだから、グリップも振り方もどうでもいいんだ。気にしないで、とにかくボールがきたらラケットで打ってごらん」
(【出典】W・ティモシー・ガルウェイ著、後藤新弥訳『インナーテニス』日刊スポーツ出版社)

 ラケットを持った女性の前に、コーチがワンバウンドのボールを投げる。
 すると、彼女は言われたとおりに、口頭で「はずんで」「打って」を繰り返していた。

 そして、何回かボールを見送った後、おもむろにおもいきってそのラケットを振ったのだ。

 すると、ボールはラケットのど真ん中に当たり、きれいな弧を描いて相手のコートに飛んでいった。
 その後、女性はたった20分ほどで、テニスのストロークを習得してしまったという。

 この実験の目的は、「人はそもそもテニスをうまくできる能力を持っているのに、枝葉末節の技術を教えるから、本来の能力を発揮できなくなっている」という仮説を確かめることにあった。

 このトレーニング方法の是非はさておき、少なくともビジネスの領域では、「悩まない人」はまさにこの実験と同じような世界観を生きている。

 つまり、「人はスタート時点ではなんでもできる能力を持っているが、中途半端に経験や知識を身につけていくことで、その能力が失われていく」と考えているのである。

全身に「成功しない要素」をぶら下げたベテラン

 この考え方は、多くの人の直感に反するだろう。
 人はゼロの状態からスタートし、知識・技術など「成功する要素」を後づけしていくことで成功に近づく──これが世の中の「常識」だからだ。

 これを前提とすると、「成功する要素」をまだ身につけていない新人や未経験者は、成功できなくても仕方がないということになる。

 しかし、現実に目を向けてみると、経験があるベテランほど仕事に苦労していたり、まったくの新人が軽々ととんでもなく大きな結果を出したり、優秀さを発揮していたりすることがある。

 こうした事象は、「悩まない人」が持っている「人はもともとなんでもできる能力を持っているのに、経験や知識がその能力を奪う」という世界観を前提とすると、すんなり理解できる。
 この考え方なら、新人のほうが成功しやすいのは当然だからである。

 また、「悩まない人」の世界観においては、人はキャリアを歩めば歩むほど、次々と「成功しない要素」にまとわりつかれる可能性が高くなる。

 ここでいう「成功しない要素」とは、知識を身につけたり経験を積んだりする中で生まれる「先入観」「思い込み」「固定観念」のことだ。

 語学の習得に置き換えるとわかりやすいだろう。
 英語をマスターするには、日本語を学んでいない段階のほうがいい。

 日本語を学べば学ぶほど英語をマスターしづらくなる。
 いったん日本語(という先入観)に置き換えて英語を理解しようとするので、質もスピードも落ちるからだ。

 同じ仕事を長く続けていると、特定の職務・組織・業界だけで通用する知識や経験は増えていく。

 しかし、それらがバイアスとして機能する結果、その人の「それ以外」の能力はどんどん封印されていく。

 ベテランになるにつれ成果が出なくなる人は、こうやって「成功しない要素」を全身にぶら下げてしまっているわけだ。

 これは「北の達人」の社員たちでも、ときどき見かけるケースだ。
 まったく先入観のない状態で入社してきてすぐに活躍していたメンバーが、社歴を積むほど顧客視点を失い、先入観の塊になってしまうことがあるのだ。

新人がベテランを凌駕するとき、何が起きているのか?

「知識・経験が増えれば、できることがどんどん増えていく」と信じている人にとって、これはなかなか受け入れがたい考え方だろう。

 しかし、自身を振り返ったり周囲を見渡したりすると、これに当てはまる事例があるはずだ。

 たとえば、社長が2人の社員に声をかけ、「2年以内に銀行をつくりたい。どうすればいいか調べてほしい」と相談したとしよう。

 一人はベテラン社員のFくん、もう一人は新卒1年目のGさんだ。
 少し経つと、とても仕事の速いFくんからこんな報告が入る。

「ひととおり調べました。ですが、2年でうちが銀行をつくるのは無理ですね」

 理由を聞くと、「銀行というビジネスは国の許認可が必要で、日本では……」と、とにかく銀行を始められない理由をつらつら教えてくれる。

 しばらくすると、今度はGさんが社長に連絡をしてきた。

××共和国でなら簡単に銀行をつくれそうです。
 その後、日本支店をつくってみてはどうでしょう?

 ウェブで検索しているという点では、両者に違いはない。
 ただ、Fくんのほうがいわば「大人」で、「さすがに銀行は難しいだろう」という先入観を持っている。
 そのため、最初から「社長に『無理』だと納得させる情報」を無意識的に集めてしまっているのだ。

 一方、新人のGさんは、「子ども」のように先入観が少ない。「社長に頼まれたんだし、なんとか探してみよう……」と素直にひたすら検索ページをめくり続けた。

 Fくんが最初の3ページくらいですませたところを、Gさんは検索ワードをあれこれ変えながら10ページでも20ページでも調べ続けた。

 その結果、「××共和国ではそれほど苦労せずに銀行をつくれそうだ」という事実にたどり着く。

 Fくんははじめから「日本の銀行」と決めつけていたが、Gさんにはその思い込みすらなく、「外国に銀行をつくってから、その支店を日本に出す」というアイデアにたどり着けたわけだ。

 じつをいうと、これは「北の達人」での実話をベースにしたエピソードだ。
 いまのところ、当社は実際に銀行をつくるには至っていないが、このときにも私は「新人のほうが先入観がなく、成功するのは速い」と改めて実感させられた。

年齢とともに「無能化」する人の考え方

 会社を経営していると、こういうケースは珍しくない。
 新しいことをやる際は、「妙な先入観のない状態」の人のほうが成功しやすいので、ベテランより新人のほうがうまくいきやすい。「ビギナーズラック」にはしかるべきロジックがある。

 だから私は、難易度が高い業務やこれまでにない新しい業務ほど、あえて経験の浅い人に任せてみるようにしている。

「北の達人」は以前、月間の新規集客人数が全盛期の6分の1にまで落ち込む危機に見舞われたことがあったが、そこから業績を一気にV字回復させることができた。

 このときに会社を救ったのも、未経験の新人ばかりを集めたチームである(詳しくは拙著『チームX』参照)。

 誤解しないでほしいが、「だからベテランは救いようがない」「新人ならなんでもうまくいくから大丈夫」と言いたいわけではない。
 また、「先入観を増やさないために、知識・経験を集めるのはやめよう」という話でもない。

 重要なのは、「知識・経験さえあれば、できることが増える」という思い込みを捨てることだ。

 この考え方がクセになっていると、「できない」の言い訳が無限に生み出せてしまう。

 また、たくさんの知識・経験があるのに成果が出ていないベテランは、自分の現状をうまく受け止められなくなるので、ますます悩みに陥りやすくなる。

「悩まない人」は、「知識・経験(先入観)がないほどうまくいく場合」と「知識・経験(先入観)があったほうがうまくいく場合」の2種類があることを前提としている。

 このようにマインドを切り替えてしまえば、やるべきことははっきりする。
 知識・経験に基づいてやろうとしてうまくいかない場合は、知らず知らずのうちに入り込んだ「先入観=成功しない要素」が自分にあることを自覚し、外すという作業が必要になる。

 長いキャリアの中で安定して成果を出し続けられる人は、この先入観を自分で剥ぎ取るのがうまい。
 つまり、新人と同じように「最も成功しやすい初期状態」を維持できているのである。

 その具体的なやり方は本書第2部で紹介するが、まずはこの基本的な発想転換だけで、悩みの大部分は解消することを知っておこう。

(本稿は『「悩まない人」の考え方──1日1つインストールする一生悩まない最強スキル30』の一部を抜粋・編集したものです)