2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。
顧客の負担を減らす視点
次いで、以下の「UXエンゲージメントマップ」の利用中UXの「3.負担を減らす」を見ていこう。
これは非常に重要な要素になる。プロダクトやサービスを使い続けてもらうには、以下のようなユーザーの負担を減らす視点が欠かせない(下図)。
コロナ禍で、Zoomが利用者数を伸ばした理由
たとえば、Zoomは、SkypeやWebexに比べて、非常に簡単に起動できた。Skypeはデスクトップアプリが必要で、Webexは必ずパスワードを入力しなければなかなかった。
Zoomの場合は、URLをクリックするだけでアクセスできる。人間は負担が減ることによって、習慣化しやすくなる。
「モノづくり好き」「エンジニア気質」の起業家は、ユーザーのことをあまり考えずに、ひたすら「機能追加」を優先してしまう傾向がある。
繰り返しになるが、ユーザーは別に機能を使いたいわけではない。何かの欲求を満たしたり、成果を上げたいと考えている。
過度な機能追加は、ユーザーに「追加操作を覚える負担」を強いたり「複数の画面を遷移する時間の負担」をかけたり、「いっぱい機能があるのに使えない罪悪感」を感じさせたりしてしまうのだ。
上図にあるように、具体的に負担を減らすポイントは8つある。以下に説明しよう。
① 「時間の負担」を減らす
今述べたアプリのひと手間を減らすというのは、これに該当する。行動を完了するまでの時間は短いほど良い。
たとえば、以前の無印良品のアプリは、立ち上げるといきなりMUJIのショッピングポイントとポイントを貯めるバーコードが表示される。他のショッピング系アプリの多くは、メニュー画面が開く。もし、ポイントを使ったり貯めたりする場合は、ユーザーはバーコード/ポイント画面を探す必要がある。わずかな手間かもしれないが、これが積み重なると、ユーザーにかかる負担は大きく変わってくる。
② 「身体の労力」を減らす
商品やプロダクトを利用する際に必要な身体的な労力を減らすことは、UXの改善につながる。たとえば、Bluetoothのイヤホンなどは、それまで有線のコードが体に巻きついたり、長さの制限があったため、スマホや音楽プレーヤーを近くに置く必要があった、身体的負担を取り除いた例だと言える。
また、スマホで、鍵の施錠/解錠ができるスマートロックも、「鍵をポケットから取り出して、開ける」というわずかな身体的負担を軽減するだけだ。しかし、一旦、このような身体的負担の軽減を体験し、それが習慣化してしまうとユーザーは元に戻れなくなってしまうのだ。
③ 「罪悪感」を減らす
情報が溢れている現在のユーザーは、「理想の姿」が常にインプットされている場面が多い(理想の生活、理想の体形、理想の容姿など)が、何か欲求を満たす行動をする時につきまとうのが「罪悪感」だ。これを除去することができれば、ユーザーがそのプロダクトを使う強力な動機になる。
たとえば、特保商品コーラなどは、従来のコーラにつきまとう不健康で罪悪感を想起させるイメージを払拭した。他の事例としては、Oisixが提供するミールキットなどがある。Oisixで宅配される野菜は高品質なものが多く、ユーザーの満足度は高かった。しかし、どうしても全て使い切れないユーザーも一定割合いて、フードロスが発生してしまい、結果、「食べ物を捨てる罪悪感」に苛まれてしまった。それを解決したのがミールキットだった、2~3人前を2品デリバリーしてくれるので、ユーザーは使い切ることができ、罪悪感という負担が減ったのだ。
④ 「ブレインパワー」を減らす
レコメンド機能や、過去に自分が購入した購買履歴などがこれにあたる。誰もがわかる簡潔な文章にするといったことも含まれる。脳の負担(記憶することや選択すること)を減らすために何ができるか考えたい。
当然、ユーザーはそのプロダクトの使い始めの時は、そのプロダクトの「ど素人」である。そういう状態のユーザーに対して、色々と難しい操作を要求するのではなく、簡単なハードルを用意して、それをどんどんクリアしていってもらい、知らない間に使いこなす状態が演出できないかを工夫してみる。
⑤ 「社会的負担」を減らす
他人から見た自分のイメージや、自分が属しているグループを逸脱してしまうと、人間は負担を感じる。たとえば、10代の男女が使うものはクールだったり、可愛くないと、周りの友達から「見映え」が悪くなり、使われなくなる。この逸脱を避けるためには、ユーザーの心理的特徴を表した「ペルソナ」や「エンパシーマップ」を作ることをおすすめする。
⑥ 「お金」を減らす
キャンセル料はかからないなど、顧客の財政的な負担を減らすことも考えたい。たとえば、Expediaという旅行予約サイトなどは、前日までキャンセル費がかからない場合が多く、ユーザーは安心して予約ができる。
⑦ 「日常性」(日常からの逸脱を減らす)
人間は普段の自分の行動/習慣から逸脱することに対して、負担を感じる傾向があることに留意したい。たとえば、Miroというクラウド上で作図表やブレストができるツールでは、ふせんのようなデザインを用意している。普段ユーザーが使っているデザインになっており、非常にとっつきやすい。
⑧ 「安心・安全」(不信を減らす)
リスクを取ることを要求するUXは、ユーザーに大きな負担になる。たとえば、信頼が置けるかどうか、未だわからないサービスの決済で自分のクレジットカードを登録するのは躊躇するだろう。ユーザーの不信を減らし、安心・安全を提供するようなUXを磨く必要がある。
起業参謀の問い
・顧客の負担(時間/身体の労力/罪悪感/ブレインパワー/社会的承認/お金/日常性/安心・安全)ついて意識しているか?
・追加する機能が逆に、顧客の負担を増やしていないか?
(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。