機密盗むスパイとAI企業の攻防、内部不正などに警戒強まるILLUSTRATION: RACHEL MENDELSON/WSJ; ISTOCK

 米サンフランシスコの公園で、人工知能(AI)企業オープンAIの従業員が子どもと一緒にいると、見知らぬ人物が近づき、親しくなろうとした。この人物も子連れでたびたび姿を見せ、世間話をする中で相手の仕事について質問を重ねた。単なる好奇心からではなかった。この人物はスパイだった。

 この事例は、企業秘密の窃盗に対する警戒を高めるため、オープンAIの従業員らに示された想定シナリオの一つだ。しかもそれは、盗聴器を仕掛けたとして従業員が連邦当局に逮捕される前のことだった。

 オープンAIは研修で、競合他社や国家支援の主体を含む外部勢力が、社内情報にアクセスしようとする可能性があると従業員に警告してきた。事情に詳しい複数の関係者によると、同社の幹部らはその手口として、金銭の提示やカフェでの盗み聞き、また従業員を誘惑する試みといった形を取り得ると話している。アンソロピックやグーグルなど、他のAI大手の従業員も同様の注意喚起を受けている。

 人工超知能の開発競争を率いる各社は、この技術について、経済全体を再構築し、莫大(ばくだい)な富を生み出し、将来の戦争のあり方を左右し、地政学的な勢力図を変え得ると説明している。こうした可能性から、AI業界とその従業員、そして彼らが握る機密情報がスパイ活動の格好の標的となるのは避けられない。シリコンバレーはこの脅威に警戒してきたが、完璧な防御など存在しない。

 オープンAIでは13日、サウジアラビア国籍の従業員アブドゥルラフマン・アルフォザン被告が、社内会議室のテレビの裏に仕掛けた装置を使って音声を録音しようとしたとして 起訴された 。米連邦捜査局(FBI)のカシュ・パテル長官は同被告の逮捕を発表した際、AIを支える技術の機密情報の保護は「わが国の経済力と国家安全保障を守る上で不可欠であり、FBIはこの任務を防諜活動における最優先事項の一つと位置付けている」と述べた。

 アルフォザン被告の弁護士は、疑いについて「本人の人柄とは全くかけ離れている」と述べ、被告が起訴されたのは連邦法の録音規制への違反のみであり、営業秘密の窃取や外国の代理人としての行動ではないとした。

 企業のセキュリティーに詳しい専門家らは、脅威が1件の隠し録音装置だけにとどまる可能性は低いと指摘する。企業向けにセキュリティーおよび脅威評価を行うコンサルティング会社SRWのランディー・ワット社長は、「1人捕らえたということは、他に6人程度は潜んでいるということだ」と述べた。同氏によると、悪意ある人物は技術的・戦略的情報だけでなく、個人を利用したり脅迫したりするのに使える個人的な秘密も探している可能性があるという。