古い農家に宿る魅力
ひととおり土地を見学した後は、いよいよお宅拝見です。「築100年以上らしいんですが、まだまだ大丈夫そうですよ」とポケットからちゃりんと鍵を出し、玄関の扉を開け、「おじゃましますー」と先陣を切って中に入り、勝手知ったる様子で雨戸も開ける不動産屋さん。
がらがら、がらがら、がらがら。がらがら、がらがら、がらがら。真っ暗な室内にさーっと光が射し込むと同時に、夫とわたしは感嘆の声をあげました。
「すごい……広い!」
10畳ほどの部屋が3つ、奥には6畳ほどの部屋が3つ、襖で仕切られています。襖をすべて取り払うと宴会場のように広くなるため、冠婚葬祭が家の中で行えるようになっている、ということでしょう。
ただ、玄関入ってすぐの仏間は薄暗く、ちょっとしたカルチャーショックを受けました。額に入ったご先祖代々の白黒写真が、鴨居の上に何人も何人も。これって、田舎では普通のインテリアなのだろうか(こ、この写真は、引き渡しのときに撤去してもらえるのかしら……)。
額の中のお顔がこぞってわたしたちを見ているような、何とも言えない居心地の悪さを振り払おうとするのですが、公図にあった「墳墓」という文字が頭をよぎり、ますますおどろおどろしい。
「トイレはね、ここですよ」
不動産屋さんののんきな声に救われて、ぐるりと和室群を取り囲む縁側の行き止まりを見れば、”使用中”と”空き”と書いた札の下がったトイレの扉。まさに日本家屋、農家の典型的なプランです。
「そうそう、トイレはね、ぽっとんですよ」
おお、ぽっとん便所ですか!それは興味深い。さっそく中を見せてもらうことに。見かけは普通の洋式トイレですが、蓋をあけると漆黒の闇。そしてやっぱり、かぐわしい……何とも言えない、公衆便所のニオイを煎じ詰めたような、強烈なたくわんのような、ニオイ。
まあでも、慣れてしまえばギリギリ耐えられるかなあ。正直、このトイレを使うのか、とドキドキしなくもありませんでしたが、「ぽっとん便所はやだー」と思う人間は農的暮らしをする資格がないという気がして、「へー、この中をどうやってバキュームするんだろう」などと言いながらトイレのつくりを観察します。バキュームのホースが出入りする掃出し窓があったりと、なかなか興味深い。
水洗トイレしか目にせず、猫も杓子も消臭殺菌という日常を生きているわたしにとっては、こういう匂いの空間が家にあるという状態は新鮮でした。親の世代はこれしかなかったんだよねえと考えると隔世の感を禁じ得ません。きっと、昔はもっと生活のあらゆる匂いがさまざまなところで発せられていたはずです。匂いなしは当たり前でキレイキレイに潔癖化する世の中と、どっちが健やかなのかな。
一方、そんな感慨も遠慮もないニイニは「オエーーーッ。くせーーーーっ」と叫び、地団駄を踏み、夫に頭を小突かれていました。
それにしても、古い農家というだけで、個人の趣味を超えた魅力を感じるのはなぜだろう?ぎしぎし鳴る廊下をゆっくり歩きながら、わたしは何とも言えず心地よく、ほっとすることに気がつきました。これからつくろうと思っても、絶対につくれないような家。
この土地の風土にすっかり溶け込んでしまって、デザインとか自意識みたいなものがまったくない家。この焼けた畳に寝転んでカルピスを飲み、空の色を見ながら過ごせればいい。他にいろいろいらないや。シンプルで飾らない生活を思わせるこの家に、わたしは今までにないほど強く強く惹かれました。
そして「おばけの写真だー」「きゃー!」と畳の上をドタバタ走りまわっているこどもたちをたしなめるのも忘れ、この家とこの土地の入手可能性についてすっかり考え込んでしまいました。
(第10回に続く)