何も知らなかった。

 カツラを初めて買うとき、私はカツラについてほとんど何も知らなかった……。

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 まもなく28歳になる春の休日。朝刊を開くと、カツラの宣伝が目に飛び込んできた。

(カツラじゃなくて、育毛診断か……)

 私の心がいつになく揺れた。普段から見慣れた広告に、その日は激しく背中を押された。

 「電話するよ」

 私はまだパジャマ姿の妻K子にきっぱりと言った。新婚2年目の春だ。

 「ホントにカツラにするの?」

 「違うよ、まずは育毛診断だよ。いきなりカツラにするわけじゃない」

 再考を促す家内の眼差しに背を向けて、私は受話器を取った。

 いよいよ忍び寄るハゲの恐怖は、放置できない限界に近づいていた。

 日常、何気なく鏡を見ると、頭のてっぺん、明らかに地肌が透けて見える! その度合いが確実に深刻化していた。K子に確かめると、1年前には「気にしすぎだよ」と答えが返ってきた。それが、なんとも言えない表情で髪をみつめるだけに変わっていた。

 「小林くん、けっこう来てるねえ」

 仕事先で、言われたくもない相手から頭を覗かれる経験もするようになった。

(わかるんだ、明らかにボクの頭、薄くなっているのが他人にもわかるんだ)

 そうなったら居ても立ってもいられない。