社会派ブロガー・ちきりんさんの新刊『自分の意見で生きていこう』は、累計40万部となった「現代を生きぬくための根幹の力」を解説するシリーズの最終巻です。「論理思考」「マーケット感覚」「生産性」「自分の意見(リーダーシップ)」について解説した同シリーズは、すでに2015年の時点で、その概要がブログで示されていました。シリーズの全体像を知っていただく一助として、ここに全文を公開します。
※この記事は、2015年8月2日公開の「Chikirinの日記」を転載したものです。

最初に働く場所の選び方(Chikirinの日記より)Photo: Adobe Stock

先日、大学院工学系の学生さんから、“最初に働き始める場所”についての相談を受けました。

「どこに就職すべきか」ではなく、「ファーストキャリアをどういう考え方で選ぶべきか」についての質問です。

この質問に応えて話した内容を、まとめておきます。

★★★

今は35才にもなれば、ビジネスパーソンとしての能力に圧倒的な格差がつく時代です。

そしてこの差には、卒業した大学名が、ほとんど影響しません。

35才の時点で、未だに

・会社や部署や上司から与えられた仕事をきちんとこなすのが自分の仕事であり、
・自らリーダーシップをとってグループを率いたこともなければ、
・リスクのある新規プロジェクトに携わった経験も無い今ボクがやってる仕事は、ちょっと前はちょっと上の先輩が担当していた仕事です
・業界や手がけている仕事について話してくれと外部から頼まれることもないし、もし頼まれても、何を話せばいいのかよくわからない
・今いる会社や部署を辞めて自分で稼げるかと問われると、ちょっとひるむ

みたいな人がたくさんいます。

一方、35才の段階ではすでに、こんなふうに(↓)なってる人もいます。

・自分が言い出したプロジェクトや仕事で、失敗したり成功したりの経験を積んでおり、
・組織やグループを率いることの難しさや醍醐味を理解し、自分なりの方法論も体得できている。
・明日から何か別の新規プロジェクトをやれと言われても戸惑わないし、
・今の会社を辞めても、なにかしら食べていけると確信してる。
・外部からも含め、いろんな人に声を掛けられ知見を求められるし、
・これから新たに手がけたいこともたくさんある。
・今後は、更に大きな規模で実績を上げていく段階にある。頑張らねばー! と思ってる。

起業してIPOや事業売却など大きなコトを体験した人だけではありません。組織で普通に働いている人でも、今は35才ともなれば、こういう人がたくさんでてきています。

つまり35才では既に“差が付く”“差が大きくなる”というレベルではなく、圧倒的な力の差ができてしまう。

それが、今の「働く世界」の現実です。

35才といえば、23才で就職して12年、大学院を出て25才で就職したら10年です。この10年から12年で、決定的に違う未来が確定してしまう。

だから「最初にどこで働き始めるか」が非常に重要になってきたんです。

「とりあえず大企業」という思考停止のデメリットが、無視できないほど大きくなってきた、とも言えるでしょう。

これは、30年前(親の時代、指導教授の時代)とは全く異なります。

だから彼らに就職のアドバイスを求めるなら、その違いをよく理解しておいたほうがいい。

以前は、35才までは“基礎固めの時期”だったから誰にもたいした差は付かず、50才くらいからが勝負だったんです。

でも、今はそうじゃない。スピードが全然違うんです。

★★★

それからもうひとつ。

この差を左右する要因として“大学名”が及ぼす影響がほとんど無くなってしまった、ということも理解しておくべき。

東大の卒業生のうち、35才の時に最初のグループに入ってしまう人と二番目グループに入れる人の比率を(仮に)9:1だとすると、その比率は二流大学の卒業生だろうと、三流大学の卒業生だろうと変わりません。

東大を出たか三流大学を出たかは、「三菱商事で働ける確率」や「グーグルで働ける確率」を大きく変えてしまいます。

が、35才の時に上記2種類のどちらに入れるかという確率は、ほとんど変わらないんです。

なぜかって? 理由は後で書きます。

★★★

35才でイケてる側のグループに入るためには、最初のキャリアで(てか、できるだけ早く、可能なら学生時代から)次の4つの能力を身につけることが必要です。

1. リーダーシップ
2. 生産性の概念
3. マーケット感覚
4. 自分のアタマで考えるスキル

上から大事な順です。

学生さんはよく「大変な時代だから専門性を身につけたい」とか言いますが(そして子どもに専門性を身につけさせたいと考える親御さんも多いのですが)、最初の職場を選ぶ時に、専門性を気にする必要はほとんどありません。

なぜなら、

「一定期間従事して、専門性が身につかない会社や組織なんてない」し、「ひとつの専門性が、23才から65才まで40年以上、通用することもありえない」からです。

なんであれ一定期間やってれば専門性は身につきます。コンビニの店舗で3年働いたら、

・リテールビジネスとはどういうものか
・新商品開発と評価の方法論
・拠点ビジネスの可能性
・パート、アルバイト人材の活用方法

などについて、専門性が身につきます。

「ちきりんさんならそうかもしれないが、自分はそんなところで働いても専門性は身につかないです」って?

それはつまり、

・専門につく職場と身につかない職場があるわけではなく、
・どこで働いても専門性を身につけられる人もいれば、どこで働いても、たいして専門性が身につかない人がいる

ってことでしょ?

そのとーりですよ。

専門性に関しては、問題は“働く場所”や“環境”ではなく、自分の学ぶ能力なんです。

だから、「どんな職業を選べば、専門性が身につくか」などという質問はナンセンスです。

そもそも学生なんて何にも知らないんだから、どこで働いても学ぶ力さえあれば、専門性は身につきます。

てかね。

世界で最も優れたシステムと生産性を誇る日本のコンビニで働いて何も学べないなんて人は、他のどんな企業で働いても、何も身につけられません。私は今、「3年働いてもなんの専門性もつかない企業や業種を3つ挙げよ」って言われたら、ひとつも答えられません。だってそんな業界も会社も存在しないもん。

一方、上に挙げた4つのメタ能力に関しては、いくら頑張って働いても身につけられない職場が(けっこうたくさん)あるんです。

なかにはリーダーシップを発揮しようとする新人を邪魔する組織まである。

自分のアタマで考えることを推奨しないだけでなく、「何もわかってない新人が自分で考えてもロクなことにならない。若いうちは余計なことを考えず、言われた仕事を一生懸命やってればそれでいいんだ」みたいに、思考停止を勧める組織もある。

まったく発言しないメンバーが何人も出席してる会議を延々とやってる企業もあるんだけど、そういう会社には“生産性”の概念は存在しない。

そーゆーところに数年もいると、「早い段階からこれらの能力を求められ、実践でどんどん鍛えられる会社」で働いた人とは、決定的な差がついてしまうんです。

★★★

先日ファーストキャリアの選び方について問われた時の、私の回答も、「次の4つが身につく場所かどうかという視点で選ぶべし」というものでした。

1. リーダーシップ
2. 生産性の概念
3. マーケット感覚
4. 自分のアタマで考えるスキル

とはいえ就職活動で、「御社ではリーダーシップが身につきますか?」とか、「生産性の概念は理解されていますか?」などと質問しても意味が無い。

なぜなら、リーダーシップや生産性を重視しない職場では、働いている人自身が、「それはいったい何のことなのか」理解してないからです。

概念を理解しない人が、それらについて「うちで身につく・身につかない」などと語ることはできません。

じゃあどうやって判断すればいいんだって?

その会社の&(より大事なのは)その会社出身で、35才あたりの人をみればいいんです。

そして35才で、「この人は凄いな!」と思える人に、「◯◯さんは、そのリーダーシップをどこで身につけましたか?」、「マーケット感覚はどこで鍛えられましたか?」と聞けばいいんです。

「仕事のやり方が大きく変わったのは、いつですか? 生産性が大幅に向上したのはどの時期?」「知識や常識に囚われず、自分のアタマで考えることができるようになったきっかけは?」と。

35才でこういう質問にきちんと答えられる人と、「へっ?」って顔になり、なんの答えも返せない人の差が、最初に書いた「決定的な格差」です。

ただし、すでに50才とか60才になってる“スゴイ人”に話を聞くときは、ちょっとだけ気をつける必要があります。

彼らがファーストキャリアを選んだ時代は、江戸時代だったかもしれないからです。

なんの話だって?

こちらです。→「武士になりたい?成りたきゃなれよ!」

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最初に、「大学が一流でも三流でも、35才の時にイケてる人材になれる可能性は変「わらない」と書きました。

その理由は、大学が一流であればあるほど、それらの能力が身につき“にくい”組織に就職できてしまうからです。

組織がしっかりしてるから課長になるまで全くリーダーシップなど求められず、

予算も人材も余裕があるから、工場以外では生産性の概念さえ語られることがなく、生産性といえば製造現場の話だと思い込んでる。

名刺の力、そして、会社を丸ごと守ってくれる規制のおかげで(せいで?)マーケット感覚が鍛えられず、

ヒエラルキーや業界序列や“大人の事情”が、事実に基づく論理的な思考より重視される会社

三流大学をでてしまうと、こういう会社にはなかなか入れません。だから期せずして難を逃れることができる。

ところが一流大生の多くは、こういう一見“いい会社”を最初の職場として選ぶことができてしまう。

しかも時代の変化が見えてない親や先生が、熱心にそういう会社を勧めるため、素直な良い子はそれに従ってしまう可能性も高い。このため、いわゆる一流大学を出ても35才の時に“イケてるグループ”に入れる人の割合が、たいして高くならないとうわけ。

世の中巧くできてます。

そんじゃーね!