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園田 憲
最高視聴率50.5%の「全員集合」、金タライをあえて人が落とした深いワケ
「機械のほうが正確で、効率もいい」――そんな常識に逆らうように、『8時だョ!全員集合』では、金タライを落とすのも、仕掛けを動かすのも、あえて人の手に任せていた。理由は、笑いを左右する「間」は機械では再現できないから。徹底した非効率へのこだわりが、他局には簡単にまねできない「全員集合」の強さを生み出していた。※本稿は、前TBSホールディングスグループ上席執行役員の園田 憲『ドリフターズと全員集合から学んだ流儀』(ポプラ社)の一部を抜粋・編集したものです。

「面白いことを言ったヤツが勝ち」ドリフ全盛期、いかりや長介が下っ端にもアイデアを求めたワケ
「どうしましょうか?」と上司に判断を委ねる。職場ではよくある光景だが、『8時だョ!全員集合』の現場では、それでは通用しなかった。新人ADであっても「自分ならどうするか」を考え、意見を言うことを徹底的に求められたからだ。上も下も関係なく意見をぶつける――その厳しい現場で培われた「発言責任」は、いまの会議にも通じる仕事の流儀だった。※本稿は、前TBSホールディングスグループ上席執行役員の園田 憲『ドリフターズと全員集合から学んだ流儀』(ポプラ社)の一部を抜粋・編集したものです。

収録2週間前に正月特番が白紙…明石家さんまの“一言”から31年続く番組が生まれたワケ
「収録まであと2週間、正月特番の企画が白紙」――スポンサーは決まっているのに、番組の中身だけがない。窮地の制作陣に明石家さんまが投げかけたのは、「夢を叶える番組でけへんか」という一言だった。そこから生まれたのは、会議室で企画を練り上げるのとは正反対の「とりあえず街で聞いてみる」という発想。これが後の長寿番組を生むことになる。※本稿は、前TBSホールディングスグループ上席執行役員の園田 憲『ドリフターズと全員集合から学んだ流儀』(ポプラ社)の一部を抜粋・編集したものです。

「でも…タダならいいですよ」志村けんの“無茶ぶり”にSONYが出した衝撃の答え
「素人が撮った動画を番組にする」――今なら当たり前の発想だが、1985年の日本では家庭用ビデオカメラすら普及していなかった。そこでTBSの制作陣が考えたのは、なんと視聴者にカメラを貸し出すという大胆な方法だった。志村けんの一言から始まった企画は、やがて世界へ広がり、YouTubeにもつながっていく。※本稿は、前TBSホールディングスグループ上席執行役員の園田 憲『ドリフターズと全員集合から学んだ流儀』(ポプラ社)の一部を抜粋・編集したものです。
