「どうしましょうか?」と上司に判断を委ねる。職場ではよくある光景だが、『8時だョ!全員集合』の現場では、それでは通用しなかった。新人ADであっても「自分ならどうするか」を考え、意見を言うことを徹底的に求められたからだ。上も下も関係なく意見をぶつける――その厳しい現場で培われた「発言責任」は、いまの会議にも通じる仕事の流儀だった。※本稿は、前TBSホールディングスグループ上席執行役員の園田 憲『ドリフターズと全員集合から学んだ流儀』(ポプラ社)の一部を抜粋・編集したものです。
「オマエはどう思うんだ?」が
筆者の自律性を育ててくれた
いかりや長介さん Photo:SANKEI ※掲載写真は本文の内容とは関係ありません
AD時代の教育で、僕の自律性を育むのに最も効いたのが、「オマエはどう思うんだ?」という質問だろう。
新人だから当初はわからないことだらけで、「8時だョ!全員集合」時代のブタカン(舞台監督)先輩はいろいろ教えてくれたわけだが、高橋利明プロデューサーに限っては、必ずしもそうではなかった。「どうしましょうか?」と聞こうもんなら、必ずこう返されるのだ。
「どうしましょうか?って聞くんじゃない。自分の考えを先に言いなさい」
特に答えがいくつかありそうなこと、たとえばこのシーンはどんなエキストラを何人くらい仕込めばいいか?といったようなことである。
「僕はこう思うんですが、どうでしょう?って聞きなさい。オマエはどう思うんだ?」
この刷り込みにより、僕はわからないながらも、必ず一度「自分ならこうする」と考えるクセがついた。
ADの仕事は、言われたことだけをやるのではない。番組をより面白く効率よくするために、提案して実行するのが仕事なのだと教わったのだ。
すなわち、常に「自分だったらこうする」という考えを持つことが、「ディレクターと同じ気持ちになる」ということでもあり、これこそが優秀なAD、ひいては優秀なディレクターやプロデューサーになる基本なのだ。
また高橋Pはよく「ディレクターは決めるのが仕事」とも言っていて、一方で「朝令暮改でかまわない。とりあえず決めんのよ」と、半ば開き直りともとれるようなことまで言い切っていた。
今思えば、これらの言葉は、番組作りというのが生き物で、いかに正解がひとつではない仕事かを物語っている。
上が間違っていたら
口に出すのが現場の流儀だった
ディレクターの決めた通りに進んだ番組が、予定調和に陥り、今ひとつパッとしない。逆に、アイディアがぶつかり、時に現場がゴリゴリに揉めたほうが、結果面白くなる。といったようなことは、テレビの世界ではよくある話なのだ。
長さんことドリフのリーダーいかりや長介さんは、かねてこんなことを言っていたという。
「ADでもボーヤ(注1)でも、面白いことを言ったヤツが勝ちなんだよ、この番組は」
「この番組をさ、1ミリでも前に進めたいんだよ」
「心理的安全性」などという生やさしい言葉などない時代。それどころか、つまらない台本はうち捨てられ、つまらないギャグは無視される。いうなれば「心理的危険性」である。それでもこの番組では、少しでも前向きなアイディア、前向きな姿勢が常に求められていた。







