志村けんさん Photo:SANKEI
「素人が撮った動画を番組にする」――今なら当たり前の発想だが、1985年の日本では家庭用ビデオカメラすら普及していなかった。そこでTBSの制作陣が考えたのは、なんと視聴者にカメラを貸し出すという大胆な方法だった。志村けんの一言から始まった企画は、やがて世界へ広がり、YouTubeにもつながっていく。※本稿は、前TBSホールディングスグループ上席執行役員の園田 憲『ドリフターズと全員集合から学んだ流儀』(ポプラ社)の一部を抜粋・編集したものです。
「全員集合」とは違う
新しいモノを作るんだ!
「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」をどういう番組にするか。
打ち合わせは1985年10月から年末までの間、「8時だョ!全員集合」の頃と同じく、毎週木曜日にTBSのGリハーサル室で行われた。
加藤茶さん志村けんさんのふたりの他、作家数名とプロデューサー、ディレクターが、広いリハーサル室の真ん中に会議テーブルを4つくっつけて、その周りをぐるりと取り囲むように座った。
ADの僕はホワイトボードのヨコに陣取り、必要なことを板書する。
コントの内容を考えるネタ会議だと、煮詰まって長い沈黙が続くことも珍しくないのだが、この打ち合わせはなにか違っていた。緊張感の中にも、皆に「新しいモノを作りだすんだ」という共通した思いがあった。
特に志村さんには新番組に対する自分のイメージ──全員集合が終わったら、やりたかったこと──があったようで、アイディアが次々と出てきた。
それは「8時だョ!全員集合」のころのボソボソといった感じとは違い、つまり「全身耳」にしなくても聞き取れる明瞭さなのだった。
番組最初のコーナーを、ふたりが探偵に扮し、ストーリーのある「ドラマ仕立てのコント」にするという方向は、早々に決まった。
これは志村さんのアイディアではなかったかと思う。であれば、劇中ふたりが着る衣装は、スタイリストにお願いして少しオシャレにしたい。こう言ったのは加藤さんではなかったか。
加藤さんという人は、ドリフではずっと福島なまりの芸風で愛嬌のあるキャラだったが、実は東京生まれ。僕から見れば、随分とオシャレな人だった。
探偵ドラマ部分には、毎回かっこいいタイトルバックをつけよう。探偵の加トちゃんケンちゃんが、誰かを尾行するのだ。そこも細かいギャグを入れていこう。
素人が撮ったビデオを
紹介するコーナーをやりたい
こうして打ち合わせのたびに、内容は詰まってきた。そして番組の後半は、客前で歌のゲストを交えたコントをやることも決まってきた、ある日。志村さんが突然こんなことを言った。
「素人が撮ったビデオを募集して、紹介するコーナーをやるのはどうだろう?」
当時、一般家庭にはまだビデオカメラは普及していない時代。なによりも、一般の人が撮ったビデオが「面白い」というイメージは全くなかった。ディレクターも作家も、「ああ、いいですね」とか言っているが明らかに乗り気でない。
少なくとも僕は懐疑的だった。ただひとり、プロデューサーの高橋利明さんだけは違った。







