富士康(FOXCONN、フォックスコン)総裁の郭台銘は、5月26日に深セン市で飛び降り自殺した社員の親族の前で深々と頭を下げて、3度ほどお辞儀をした。富士康は台湾系で、世界最大級のEMS(エレクトロニクス機器の受託製造)企業である。富士康では、自殺未遂も含めて、12件の自殺が連続して発生した。郭総裁はそれに何らかのメッセージを発しなければならない。絶対にマスコミに開放しない工場も、この日だけはすべて開放した。その日、四川省知事と台湾での会合があるので、郭総裁は、飛行機でいったん台湾に戻ったが、深センにいないその夜に、13件目の自殺事件が起こった。
(北京在住ジャーナリスト 陳言)
自殺者はいずれも25歳未満の若者だった。富士康では基本給は深センの法定最低賃金である950元(約1万3000円)であるが、残業などが多くてたいていのワーカーは、月に2000元はもらっているという。
無料のインターネット・カフェ、無料のプール、富士康の進出によって30万人も40万人も労働者が集まった富士康工場ゾーンでは、娯楽施設はほかのところよりは整備されている。なのになぜ若者はこんなに死を急ぐのだろうか。
富士康の工場では上司のことを「ボス」と言い、ワーカー同士では人を罵る言葉である「ディアオ・マオ(もともとは日本語で男性器を意味する言葉)」で呼び合う。同じ宿舎に住んでいても、互いに名前も知らない。チップの組み合わせをしている彼ら自身も、いつの間にか名も知らず「チップ」になってしまった。マスコミが騒がなければ、チップは1人また1人亡くなっても何でもない。
相対的に条件のいい日系企業は、自殺までワーカーを追い込んでいないが、深セン市からそんなに離れていない仏山市にあるホンダの部品工場では、5月17日からストライキが行われた。その後、ホンダは中国での車両生産の全面ストップに追い込まれた(6月1日時点)。台湾系企業の自殺余波は、ストライキの形で日系企業に飛び火している。