「あなたは人生というゲームのルールを知っていますか?」――そう語るのは、人気著者の山口周さん。20年以上コンサルティング業界に身を置き、そこで企業に対して使ってきた経営戦略を、意識的に自身の人生にも応用してきました。その内容をまとめたのが、『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』。「仕事ばかりでプライベートが悲惨な状態…」「40代で中年の危機にぶつかった…」「自分には欠点だらけで自分に自信が持てない…」こうした人生のさまざまな問題に「経営学」で合理的に答えを出す、まったく新しい生き方の本です。この記事では、本書より一部を抜粋・編集します。

人生の夏から人生の秋への「移行期」をどう乗り切るか?
システムは往々にして「つなぎ目」に脆弱性を露呈するものだと言われますが、これは人生においても同様です。中でも「人生のつなぎ目」で難しいのは30~40代の「人生の夏のステージ」から50~60代の「人生の秋のステージ」へのトランジットだということが、これまでのキャリア研究からわかっています。いわゆる「中年の危機」ですね。
この時期は、「社会的な変化」と「身体的な変化」が激しく、この時期をうまく乗り越えられずにスランプに陥ってしまう人……さらには心身の調子を崩してしまう人が多いのです。
まず「社会的な立場の変化」から指摘すれば、私たちのほとんどは、40代から50代にかけて、どこかで役職を離れ、第一線でリーダーシップを発揮する立場から身を引くことになります。
中には上位職へと昇進して最終的にエグゼクティブになる人もいるわけですが、これも時間の問題で、どのみち全ての人はこの「第一線から退く」というトランジットを、人生のどこかで受け入れなければなりません。ところが、これが非常に難しいのです。
特に30~40代の「人生の夏」において高い業績をあげ、組織の中で賞賛されてきた人ほど、この問題に悩まされることになります。
なぜだと思いますか? ひと言でいえば「賞賛依存症」「達成依存症」とでも言うべきものにかかってしまうからです。
中でも、「支配型のリーダーシップ」を発揮して、組織を引っ張り、与えられた目標を達成し、賞賛されるということを「人生の夏」においてやってきた人ほど、この依存症にかかりやすいことがわかっています。
依存症はウェルビーイングの実現において最も忌避すべき疾病のひとつです。この依存症を克服しない限り、「人生の秋」以降のステージにおけるウェルビーイングの達成はおぼつきません。
では、どのように対処すればいいのでしょうか?
賞賛依存症になってしまう人の心のメカニズム
もう少しこの「賞賛依存症」「達成依存症」という問題を掘り下げて考えてみましょう。依存症のメカニズムについて考えてみると、本質的な問題が浮かび上がってきます。
例えばアルコール依存症の人は、言うまでもなくアルコールに依存しているわけですが、彼らが真に病みつきになっているのは、実際には「アルコールそのもの」ではなく「アルコールが脳にもたらす作用」です。
そして、これは「賞賛依存症」「達成依存症」の人々についても同じです。これらの依存症の人が本当に求めているのは「賞賛」や「達成」ではなく「成功者としての自己イメージ」であり、さらに言えば「そのイメージが脳に与える作用」……具体的にはギャンブル・コカイン・出会い系SNSなど、あらゆる「依存性のあるもの」が与えてくれる神経伝達物質=ドーパミンの分泌なのです。
この依存症にかかっている人は、支配的リーダーシップによって影響力を発揮し、チームを力強く引っ張って目標を達成することで「お金」や「権力」や「快楽」や「賞賛」といったものを手にして興奮することに病みつきになっており、何度も繰り返しこれらを求めようとします。
まさに、神学者のトマス・アクイナスが「不信心な人々が神の代用品とするもの」として挙げた「4つの偶像」を虚しく追い求め続けてしまうのです。
しかし、この追求は報われません。なぜなら依存症の常として、これらの「賞賛」や「快楽」によってもたらされた高揚感は数日~数週間もすれば消えてしまい、ドーパミンに飢えた脳はさらなる「賞賛」や「快楽」を欲して人を駆り立てるからです。まさに無間地獄です。
そして、この無間地獄を「もっと、もっと」と追求し続けているうちに、人生のバランスは崩れ、自分の人生にとって本当に大事なものが蔑ろにされ、個人のウェルビーイングは破壊されることになります。
そして、挙げ句の果てにやってくるのが「第一線を退く」というタイミングです。
有能さを遺憾なく発揮し、組織を率いて、卓越した業績を達成し、組織や社会から賞賛されることに病みつきになっている人が、自分の能力が低下し、人々から頼られなくなり、社会から忘れられる、ということを受け入れなければならなくなるのです。賞賛依存症の人はこの状況に耐えられず、ひどい虚無感に襲われ、最悪の場合はアルコールや暴力沙汰や心的失調などの問題を起こすことになります。こうなってしまってはウェルビーイングも何もあったものではありません。
2007年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校とプリンストン大学の学術研究班が、1000人以上の高齢者を対象に分析を行ったところ、「自分が何かの役に立っていると思えない」と考える高齢者は、「自分が何かの役に立っていると思う」と答える高齢者に比べて、障害を発症するリスクは3倍に近く、研究期間中に亡くなるリスクは3倍以上でした。
研究から、ウェルビーイングの3つの条件は
①自己効力感
②社会的つながり
③経済的安定性
の3つだと言われています。自己効力感とは「自分が何か有意義なことに貢献しているという実感」でした。「自分の存在意義を失う」ということは、私たちのウェルビーイングにとって非常に重要な問題なのです。