“It's levels, stupid ─ not growth rates.”(君たち間抜けだなぁ。重要なのは水準なんだぜ。成長率じゃあない)
この(品位に問題なしとしない)言葉は、私が言ったことではない。これを言ったのは、イングランド銀行総裁のマービン・キングである。
ただし、私も同じように考えている(“stupid”と言わないだけである)。成長率がプラスに転じたから「経済はよくなっている」という意見が多いのだが、「水準はピーク時に比べて非常に低いままだから、事態は依然として深刻」という警告だ。
「経済変数が激しく変動しているときは、指標をどう見るかが重要。対前年同期比で見ると、錯覚に陥りやすい」。本連載の第13回でこのように指摘したことがある(拙著『未曾有の経済危機 克服の処方箋』補章も参照)。
経済の急降下が始まってから約1年たったいま、この注意は格別重要なものとなった。なぜなら、比較の対象とされている1年前の数字は、正常なものではなく、かなり落ち込んだ数字だからだ。したがって、「1年前と比較してよくなった」と言っても、「いまがよい」ということにはならないのである。
キングは著名な経済学者である。ところで、経済学では、「効用は、所得や富の水準で決まる」と考えている。だから、彼は、経済学者としては当然至極のことを言っただけだ。
しかし、経済学者から見れば当たり前のことが、世の中で受け入れられないことは多い。経済データの見方もその例だ。
変化率はもちろん重要だが
誤解しないでいただきたいのだが、キングも私も、「変化率に意味がない」と言っているのではない。事態がどちらの方向に向かって変化しているか、どの程度のスピードで変化しているか、というのは、重要な情報である。ただし、それは、将来の水準を占うために重要なのだ。
物理学では、現在の位置、速度(位置の変化)、加速度(速度の変化)を明確に区別している。