野口悠紀雄
高市「成長戦略」はアベノミクスの“欠陥”も継承、重要なのは民間投資補助より基礎研究開発支援
高市政権は成長戦略の柱として「危機管理投資」による戦略分野での民間企業の投資促進支援を掲げるが、潜在成長率引き上げの王道は大学・研究機関の基礎研究や教育の支援だ。ラピダスなどへの投資補助がデジタル赤字脱却などの成長低迷の構造的問題の解決になっていないことでもそれは明らかだ。

日銀が10月金融政策決定会合でも政策金利の引き上げを見送ったことに市場などでは発足したばかりの高市政権への配慮があるとの見方がある。日銀は配慮を否定しているが、物価高騰の中で金利を据え置けば投機的な需要が増加する。株式や不動産取引でその懸念はあり直近の円安進行への対応も必要だ。

これまで新卒採用が主だった大企業の採用方針に大きな変化が起き、中途採用が増加している。人手不足で若年層の採用が難しくなっていることやデジタル化に対応できる即戦力確保が重要になっているためだ。大企業の採用で根強く残る「学歴フィルター」が解消されることになるのか。

自民党と日本維新の会の連立により高市政権が発足したが、両党の政策協議や連立の合意でも労働力確保や生産性向上、デジタル敗戦からの脱却といった経済の根本問題は置き去りだった。新政権という“船”は作ったが日本がどこに向かうかは全く見えないままだ。

自民党の高市早苗総裁が進めようとしている積極的財政金融政策は物価高騰を加速する危険をはらんでおり、財政拡張を予想して長期金利は上昇している。日銀が利上げを躊躇したり国債を購入して金利高騰を抑えようとしたりすれば、事態は悪化する。当面、10月末の金融政策決定会合での“利上げ判断”は日銀の独立性の程度を試すものになるだろう。

日本の実質賃金は1990年代の中ごろ以降、長期低下傾向を続けているが、それは国際競争力の低下と軌を一にしている。2023年以降、春闘では高賃上げが続くが、価格転嫁による賃上げは実質賃金を必ずしも上昇させない。実質賃金を引き上げるために本当に必要なのは生産性の上昇と物価上昇率の抑制だ。

日本銀行は9月の金融政策決定会合で保有する上場投資信託(ETF)を年3300億円ずつ市場で売却することを決めた。中央銀行がETFを保有するのはもともと異例なことであり、それが正常に向かうのは適切なことだ。しかし売却完了には100年以上かかるという。その理由付けは説得力に乏しい。

日銀は9月金融政策決定会合で「トランプ関税の不確実性」を理由に5会合連続で政策金利を据え置いたが、本来、トランプ関税への対応は金融政策の守備範囲ではなく、利上げ見送りの根拠として説得力に欠ける。現在の実質金利はマイナスの可能性が高く、非効率や投機的な経済活動を支えていることを考えると利上げ見送りは疑問だ。

ゆうちょ銀行は「トークン化預金」の取り扱いを2026年度に開始すると発表した。預金とひも付けたデジタル通貨として、個人や法人がデジタル証券の購入などの資産の取引に活用できるという。だが、いずれはスマートコントラクトと連携することでさまざまな取引と決済が即座にかつ自動的に実行される新しい経済活動を支える可能性がある。

10年国債の利回りが1.64%まで上昇し約17年ぶりの高水準だ。日本銀行はどう対応すべきか。長期金利は、日銀の政策金利に連動し将来の経済、物価や国債需給の予想から市場で決まってきた。財政悪化の状況が将来、大きく変わりそうにないなかで日銀が逆に長期金利を勘案し政策金利を引き上げる必要があるのか、新たな課題だ。

フィンテック企業のJPYCが「資金移動業」者として登録されデジタル通貨であるステーブルコインが日本でも発行される見通しだ。ビットコインは投機資産になってしまったが、法定通貨と連動するので価値が安定しマイクロペイメント(少額決済)なども可能だ。本格普及すれば銀行の送金・決済システムにも影響は大きい。

日銀は基調的な物価上昇を重視して政策金利を据え置いているが、基調的な物価の動向を判断する期待インフレ率を測定する指標、「BEI」は政策金利を低く抑えれば低くなる。したがって「BEIが低いから政策金利を上げない」とするなら、いつになっても利上げはできない。今の日銀はこの袋小路の状況に入り込んでいる可能性がある。

将来の国力決める「AI教育・研究」上位100大学に日本は1校だけ、製造業大国の転換遅れる
AIの発展が目覚ましいが、将来における国の経済力などの国力は現在のAI教育・研究活動の充実度によって大きく影響される。この分野での大学の世界ランキングを見ると、米国や英国の大学が上位を占め日本やヨーロッパ大陸諸国は皆無に近い。製造業大国のAI教育・研究の立ち遅れが目立つ。

ボーナス支給月でもあった6月も実質賃金は前年比マイナスとなり、6カ月連続の下落だ。家計調査のデータには、インフレ進行で実収入が減り消費が落ち込んでいる過程が明確に表れている。物価と賃金が上がれば経済が活性化すると日本銀行が言ってきたこととは逆になっている。

春闘は2年連続の高賃上げだが、実際の賃上げ率は企業規模や分野、正規・非正規などによって大きな差がある。電気・ガス業や金融業の大企業など、もともと賃金が高いセクターでの賃金上昇率が高い一方で、中小企業やサービス業は人手不足でも賃上げ率が低い。格差の原因として価格転嫁力の違いが大きいと考えられる。

日米関税交渉が合意に達したが、その具体的な内容には不明な点が多い。とりわけ日本が約束したという「80兆円の対米投資」は、義務付けられたものなのか、投資決定主体や何年間で達成するのかなど肝心な点は曖昧だ。へたをすれば日本の産業空洞化も招きかねず、政府は合意の内容を詳しく国民に説明する責任がある。

備蓄米売却に随意契約が導入されるなか、コメの平均店頭価格は9週連続で値下がりとなったが、消費者物価上昇率は7カ月連続で3%を超える高騰が続いている。備蓄米売却も抜本的な対応とはいえず、物価高騰へのまともな対応がされないのはインフレが社会的強者には有利に働くからだ。

参院選では物価高対策で与野党が給付金や消費税減税などを公約に掲げるが物価上昇の原因に目を向けたものではなく的外れだ。日本はいま、生産性上昇を超える賃上げと価格転嫁のために物価と賃金の「悪循環」に陥りつつある。それにもかかわらず政治はこの問題に背を向けている。

自動車への関税賦課に対し日本の自動車メーカーは関税をほぼ全額負担してアメリカでの販売価格を不変に保つ政策を採ったことで販売台数の減少は抑えられたが、付加価値は1割ほど減少し、賃金や利益を1割程度減らすことになる。トランプ高率関税“恒久化”の下でこの価格戦略は練り直しが必要だ。

トランプ米大統領は、iPhoneの生産をアメリカに移せと主張しているが、これは全く誤った考えだ。iPhoneや台湾企業の受託生産が付加価値の大半を占めるが、現在の国際収支統計はこうしたファブレス製造などの先端的な経済活動の実態を適切に反映せず、アメリカの経常収支赤字を過大に表示している。
