野口悠紀雄
長期金利急騰でも「円安加速」150円台後半の事情、日本で進むもう一つの“金融抑圧”の可能性
長期金利の上昇は政府債務の実質的負担が軽減される「金融抑圧」の状況を回避することにもなる。だが日本では将来の財政危機が長期金利に十分に反映されず、調整は円建て投資の減少によって行われる。最近の円安もこれによって起きている可能性が高い。円安でインフレ、税収増になり政府には金融抑圧と似た結果がもたらされることになる。

低金利下でインフレが進行すると、政府の債務が見えにくい形で国民に移転される「金融抑圧」が起きる。インフレが定着したにもかかわらず利上げが十分に進まない現在の日本はその状況に足を踏み入れつつある。だが高市積極財政による財政悪化懸念からタームプレミアムが上昇、長期金利は約27年ぶりの高水準だ。金融抑圧への防波堤になるのか。

高市政権はAI・半導体投資を成長戦略の重要な柱としているが、そこには「技術を導入すれば自動的に生産性が上がる」という誤解がある。過去30年のIT投資と同様、日本では新技術の導入に組織、制度、人材、意思決定の改革が伴わず、生産性向上に結び付かなかった。その失敗を繰り返しかねない懸念がある。

2025年の日本経済では物価上昇が何も良い結果をもたらさなかった。春闘の高賃上げは維持されたが、実質賃金の低下は続いている。生産性が上がらず労働人口減少などで潜在成長率は約10年前に比べ半減している。この状況からの脱却に必要なのは、需要の拡大でなく、人材育成などを含めた供給面の政策だ。

高市積極財政で日本の財政規律が弛緩し将来の財政赤字がさらに増大するとの懸念が高まっている。これによって「タームプレミアム」が上昇し、新発10年国債の利回りは1.970%まで上昇した。財政膨張を抑えるのが本筋だが、市場の不安定化をおさえるため政策金利の引き上げが求められる。

高市政権の財政拡大政策は、「マンデル=フレミングモデル」によれば円高をもたらすはずだが、実際には顕著な円安が進んでいる。このモデルは高市首相が手本とするアベノミクスを支えた基本的な理論でもあるが、日本経済の現状を考えると、総需要だけでなく、総供給をも考慮したマクロ政策が必要だ。

閣議決定された総合経済対策には高市政権の財政拡張的姿勢が具体的な姿として表れ、市場では株式、国債、円が売られるトリプル安が進む。柱の物価対策もむしろ物価高騰を悪化させる危険がある。日本で現在必要とされるのは人手不足など供給面の制約を緩和させる政策だ。

日本円の市場為替レートは11月19、20日、終値で1ドル157円台まで円安が加速した。高市政権の積極財政路線が材料になっているが、円安は2022年ごろから目立って進んできた。一方、日米の物価変動を勘案した購買力平価は横ばいで15年ごろと比較すればむしろ増価している。市場為替レートとの乖離が拡大しているのはなぜか。

急騰する日経平均株価は10月31日には終値では初の5万2000円台を付けた。だが企業利益は顕著に増加したわけではなく、株高の主因は高市政権発足などの将来の利益予測によるものだ。株価分析で用いられるPER(株価収益率)の基準を拡張して評価すると、現在の株価水準は正当化できないほど高い。

高市政権は成長戦略の柱として「危機管理投資」による戦略分野での民間企業の投資促進支援を掲げるが、潜在成長率引き上げの王道は大学・研究機関の基礎研究や教育の支援だ。ラピダスなどへの投資補助がデジタル赤字脱却などの成長低迷の構造的問題の解決になっていないことでもそれは明らかだ。

日銀が10月金融政策決定会合でも政策金利の引き上げを見送ったことに市場などでは発足したばかりの高市政権への配慮があるとの見方がある。日銀は配慮を否定しているが、物価高騰の中で金利を据え置けば投機的な需要が増加する。株式や不動産取引でその懸念はあり直近の円安進行への対応も必要だ。

これまで新卒採用が主だった大企業の採用方針に大きな変化が起き、中途採用が増加している。人手不足で若年層の採用が難しくなっていることやデジタル化に対応できる即戦力確保が重要になっているためだ。大企業の採用で根強く残る「学歴フィルター」が解消されることになるのか。

自民党と日本維新の会の連立により高市政権が発足したが、両党の政策協議や連立の合意でも労働力確保や生産性向上、デジタル敗戦からの脱却といった経済の根本問題は置き去りだった。新政権という“船”は作ったが日本がどこに向かうかは全く見えないままだ。

自民党の高市早苗総裁が進めようとしている積極的財政金融政策は物価高騰を加速する危険をはらんでおり、財政拡張を予想して長期金利は上昇している。日銀が利上げを躊躇したり国債を購入して金利高騰を抑えようとしたりすれば、事態は悪化する。当面、10月末の金融政策決定会合での“利上げ判断”は日銀の独立性の程度を試すものになるだろう。

日本の実質賃金は1990年代の中ごろ以降、長期低下傾向を続けているが、それは国際競争力の低下と軌を一にしている。2023年以降、春闘では高賃上げが続くが、価格転嫁による賃上げは実質賃金を必ずしも上昇させない。実質賃金を引き上げるために本当に必要なのは生産性の上昇と物価上昇率の抑制だ。

日本銀行は9月の金融政策決定会合で保有する上場投資信託(ETF)を年3300億円ずつ市場で売却することを決めた。中央銀行がETFを保有するのはもともと異例なことであり、それが正常に向かうのは適切なことだ。しかし売却完了には100年以上かかるという。その理由付けは説得力に乏しい。

日銀は9月金融政策決定会合で「トランプ関税の不確実性」を理由に5会合連続で政策金利を据え置いたが、本来、トランプ関税への対応は金融政策の守備範囲ではなく、利上げ見送りの根拠として説得力に欠ける。現在の実質金利はマイナスの可能性が高く、非効率や投機的な経済活動を支えていることを考えると利上げ見送りは疑問だ。

ゆうちょ銀行は「トークン化預金」の取り扱いを2026年度に開始すると発表した。預金とひも付けたデジタル通貨として、個人や法人がデジタル証券の購入などの資産の取引に活用できるという。だが、いずれはスマートコントラクトと連携することでさまざまな取引と決済が即座にかつ自動的に実行される新しい経済活動を支える可能性がある。

10年国債の利回りが1.64%まで上昇し約17年ぶりの高水準だ。日本銀行はどう対応すべきか。長期金利は、日銀の政策金利に連動し将来の経済、物価や国債需給の予想から市場で決まってきた。財政悪化の状況が将来、大きく変わりそうにないなかで日銀が逆に長期金利を勘案し政策金利を引き上げる必要があるのか、新たな課題だ。

フィンテック企業のJPYCが「資金移動業」者として登録されデジタル通貨であるステーブルコインが日本でも発行される見通しだ。ビットコインは投機資産になってしまったが、法定通貨と連動するので価値が安定しマイクロペイメント(少額決済)なども可能だ。本格普及すれば銀行の送金・決済システムにも影響は大きい。
