つねに世間を賑わせる「週刊文春」。その現役編集長が初めて本を著した。『「週刊文春」編集長の仕事術』(ダイヤモンド社)だ。本連載では、本書の「読みどころ」をいち早くお届けする。
(編集:竹村俊介、写真:加瀬健太郎)

インテリジェンスな密会は早朝のホテルで

 情報収集の原点は「人から人」、インテリジェンス用語で言えば、ヒューミント(人による情報収集活動)である。週刊文春の記者は、取材対象と会う以外にも、日常的にいろんな人と会うようにしている。こちらの都合で用があるときだけ取材に行って「話を聞かせてください」と言っても、おもしろい話は聞き出せない。用がなくても、幅広く、連日連夜、日常的な付き合いをしておくことが大切なのだ。

新谷学(しんたに・まなぶ)1964年生まれ。東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒業。89年に文藝春秋に入社し、「Number」「マルコポーロ」編集部、「週刊文春」記者・デスク、月刊「文藝春秋」編集部、ノンフィクション局第一部長などを経て、2012年より「週刊文春」編集長。

 週刊誌の編集者や記者なら誰でも、他人に絶対明かせない「ネタ元」を何人か持っている。まさに墓場まで持っていく関係だ。私もマスコミ関係者はもちろん、政界、官界、財界、さらには肩書きのつけようのない人物も含めて、何人かの大切なネタ元がいる。

 そうした人物とは、たいてい人目につかない場所で密会する。密会の場所は様々だ。早朝のホテルで、ヨーグルトとフルーツ、コーヒーだけの朝食をともにすることもあれば、昼や夜に会食することもある。会うのは常に「完全な個室」だ。もちろん入るときと出るときは別々で、必ず時差を設ける。従業員の教育が徹底されていて口の堅い店を選ぶのは言うまでもない。また、ゆっくり会う時間がないときには、時間と場所を決めておいて、すれ違いざまに重要な資料が入った封筒を受け渡すこともある。そうした文書をメールなどでやりとりすることは滅多にない。

「固く閉ざされた口」をいかに開かせるか

 かつて、上海総領事館の電信官が中国公安当局から情報提供を強要され、自殺していた事件をスクープしたことがあった。その際は目立たないビジネスホテルの一室に関係者の一人を呼び出した。義理があって、その人物がどうしても断れないルートを使った。ベッドが大半を占拠している狭い部屋で向き合った。彼の警戒感と怯えの色が浮かんだ表情は、今でも鮮明に覚えている。

 ネタ元が積極的に情報を提供しようという場合と違って、相手が固く口を閉ざしている事案について聞き出すのは極めて難しい。こちらがある程度情報をつかんでいることを明かした方がしゃべってくれるケースと、「何も知らないから教えてください」という態度で臨んだ方がうまくいくケースがある。これは一般論だが、官僚などが相手の場合は前者が功を奏することが多い。一方、政治家には後者。知ったかぶりをせず、相手の懐に思い切って飛び込んだ方がうまくいく。もちろんそれも程度の問題で、基本的なことを何も知らなければ、「忙しいんだ。帰れ!」と言われてしまう。

 さすがに怖いもの知らずと思われがちな私でも、ネタ元については、これ以上はとても書けない。怖いというより、そもそも私たちの仕事では、「取材源の秘匿」は何よりも厳しい掟なのである。