経営者と小説家、
都知事と国政政党の党首の兼業は可能か?

 経営者と小説家の仕事というのはどうだろうか。

 大企業の経営者で、安定性が高い業界だとしよう。組織の人員は優秀でサポートメンバーという意味では理想的だ。自分の領域への習熟度も高く、環境の変化に留意し重要な意思決定をするだけでよい。一方、作家は、取材などもあるだろうが、そもそもひとりで考えて書くので独立性がきわめて高い。サポートはほぼ要らないし、出版社が必要なことはやってくれるだろう。習熟度は自分で選んだ分野やジャンルについて書けばいいので自分で調節できるから高いといって差し支えない。

 というわけでこれはIIとIIIになる。実際にそのような組み合わせの兼業をした人がいたとして、周囲が納得する形で両方の職務が遂行されたかどうかはここでは扱わないが、一般論として遂行可能な組み合わせといえる。

 では翻って、今般の都知事と国政政党の党首の場合はどうだろうか。

 都はオリンピックを控え、豊洲の問題や働き方改革など仕事が山積である。環境としては極めて不安定だ。組織は堅牢でサポートメンバーは優秀だとしても、その組織を使いこなせているのかどうか。また都政そのものの業務についての習熟度はどうなのか。少なくとも、まだ一期目であるからビギナーである。とにもかくにも、オリンピックという大イベントをやり遂げることは大変だ。テロ対策を含め、予想もつかない事態が起こる可能性も高い。

 かたや新設の国政政党をめぐる環境は輪をかけて不安定きわまりない。組織は寄せ集めでサポートメンバーは(まだ)がたがたである。国政、たとえば争点となるべき政策は広範で、かつこんがらがった状態であり、自分の得意分野以外のすべての領域に一定以上の知見と意思を持つとなると大変である。

 以上を考えると、知事と国政政党の党首は、図でいえばIとIとの組み合わせであり、スーパーマンが担ったとしても困難と言わざるをえない。サポート体制や習熟度にも不安がある。兼業としては、かなり無理があるのではないだろうか。唯一成立するとすれば、都知事も党首も「役者」として演じる場合であり、実際には背後に真のトップがいるといったケースだろうか(どうも、これには当てはまらないようである)。

 仕事をするのに野心はあったほうがよい。兼業で自分の能力を開発しようと意気軒昂なのもよいことだ。しかし、もし読者が重職の兼業を考えているとすれば、以上を踏まえて、仕事の組み合わせが厳しかったり、サポートスタッフが不十分であったり、自分の習熟度が不満足であったとしたら、冷静に考え直したほうがいい。じっくり仕事の性質を観察して計算をし、できる条件を確保したうえで、可能なところから少しずつ範囲を広げていくのがいいだろう。大風呂敷を広げたはいいが、顧客や同僚の信頼を失ってしまっては、結局のところ次のチャンスをなくし、兼業をしたことを悔やむことになってしまう。

(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山 進、構成/ライター 奥田由意)