結果的にこれによってAさんは身を持ち崩してしまうこととなった。山っ気の誘惑に負けてしまったのである。

「買ったその銘柄が大きく下がり始めました。今までもそうしたことはありましたが、きっちり損切り(損失を確定させて、損失がそれ以上膨らむ可能性を排除すること)をしてきた。しかし金額の変動が少し大きくなったため、損切りを躊躇してしまったのです。損失はみるみる膨らみましたが、『辛抱強く持ち続けているうちに値が持ち直すのではないか』という淡い希望を胸に必死で耐えました」

 評価額300万円近くあった口座は、その銘柄の損失によって一気に評価額250万円ほどに減少していた。もはや仕事は手につかず、株式市場が開いている時間はスマホで常に値動きをチェックする。「奇跡的に持ち直してほしい」と願うが、値は上下しながら緩やかに下降の一途を辿った。

 Aさんをこの苦しみから解放したのは妻であった。妻に頼んでいた月に一度の口座チェック、その際に妻から評価額の急激な減少を指摘されたのである。もはやこれまでとAさんは覚悟を決め、損失を確定させる決済を行った。口座の資金は100万円と少しにまで減っていた。

「自分にとっては大金である200万円、スタート地点から計算すると100万円というお金を失ってしまったという喪失感と、一家の“父”としての不甲斐なさには耐え難いものがありましたが、どんな形でもいいからあの地獄から逃れたいとも思っていた。妻の目がなかったら損失はさらに膨らんでいたと確信しています。口座の監視を怠らなかった妻には感謝しています」

 妻の協力をあらかじめ取り付けていたAさんのファインプレーというべきか。少なくとも最悪の事態は免れたのであった。

「あんなにのめり込んでいた株ですが、あの大打撃ですっかり身を引くことになりました。悔しい思いはもちろんありますが、また株で取り返してやろうという気にはなれない。株は『自分には向いていなかった、怖いもの』という印象が非常に強いです。株の損失は、いつか仕事で取り返してやろうと思っています」

 妻はAさんを責めなかった。現在のAさんは休日たまにパチンコをたしなむくらいで、仕事に精を出しつつ慎ましやかに生活しているようである。

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