◆プロとして本物を求め続ける
◇棋士が天職

 加藤が棋士を自分の天職だと確信したのは、自分の指した将棋が人々に感動を与えられるような名局になったときだ。自身も感動するような対局を経験してから、他者にも同じような体験をしてもらえるのではと思うようになった。

 自分の指した名局が、後輩棋士の研究の役に立ち、ファンやアマチュアの人にも楽しめるものとなる。そのようにして、時が経っても人々の喜びにつながればこそ、将棋が天職なのだと思うという。

 ただ、将棋の素晴らしさはアマチュアには伝わりにくい性質でもある。それで、加藤は自戦記を書いている。他人がいくら研究しても本人にしか分からないことがあるため、戦った本人が自戦記を書くのがよい。

 将棋の素晴らしさを伝えるためには、本の出版に限らず、懇切丁寧にプロセスの面白さを伝えていくことが大事だ。音楽なら解説は要らないが、将棋には手のすごさを伝えるための解説が必要なのである。

◇「無心の直感」が成功する

 将棋の指し手は10の220乗も存在するといわれている。いくら研究しても、すべての手を読み切ることは難しい。

 将棋は理詰めであるため、プロの棋士は盤面を見た瞬間に、検討する価値のある手を5通りくらい思いつくという。そしてどんな場面でも95%くらいは一番良い手が浮かんでくる。達人は、この「ひらめいた手」を検証し、確かにこの直感の手が一番いいという確認作業をしているのだ。

 この直感の手と、後から考えている中で浮かんできた手と甲乙つけがたいときは、どうするか。そのときは、最初にひらめいた直感の手を選択する。そして、成功しているという。ひらめいた手は無心で考えたものだ。対して、後から考えると、そちらに惚れてしまって都合よく読んでしまう傾向が人間にはある。それで加藤は、直感で浮かんだ手をよく精読し、裏づけを持って指すべしという意味で「直感精読」と色紙によく書くという。