だから大学でも最初は精神科医になろうと思って勉強していたのですが、途中で、尊敬していた先生が亡くなり、考え直しました。改めて周囲を見渡すと、どうも精神科の世界はすっきりしない。権威のある先生がこうだと言ったらもう覆せないんですよ。例えば先生が統合失調症だと診断したら、自分は薬物の影響だと思っていても何も言えない。血液検査も画像診断もない、証拠がない世界なんですね。そういう学問には抵抗があるなと思いました」

 ならばどの診療科に進むべきか。迷っていた頃に出合ったのが神経眼科だった。

「神経眼科なら、外科的な手技も習得できるし、脳にも関係がある。内科的な部分もあるので、決められないならここにしようと思い、入局しました」

 このように、範囲を限定しない、興味と視野の広さこそが、その後の若倉先生の医師人生を“面白くする”力になっている。

 例えば、神経眼科の勉強と同時に、農薬が人体に及ぼす影響の研究にも携わった先生は、なんと医師になって2~3年目にして、「ステロイドには網膜剥離を出現させる副作用がある」ということを世界で初めて発見し、注目を浴びた。

「当初は、大家といわれる先生方から『いい加減なことを言うな』と散々たたかれました。今では医学の教科書にも載っていることですけどね。

 優れた薬ほど、副作用と紙一重といっても過言ではありません。それなのに以前は、薬の副作用の情報を患者さんに提供することはありませんでした。『良い薬には副作用はない』みたいに繕って、医師が副作用ではないかと疑っても、みだりにそれを口に出してはいけないような風潮もありました」

 時を経て2004年、若倉先生は臨床の中で、眼瞼けいれんで受診した患者の多くが、睡眠導入剤「デパス(※注)」の服用履歴があることに気づき、調査した結果を、イギリスの学術誌に発表。デパスの副作用欄にはさっそく「眼瞼けいれん」が付け加えられたが、この件に関する認知度はいまだに低く、不用意にデパスを処方する医師は多いという。

「薬物を研究していたおかげで、化学物質は脳の信号伝達に影響を与えるという認識が、若い頃からありました。眼瞼けいれんとデパスの関係も、ただ眼球の手術とかだけをやっていたら、気づけなかったでしょう。

 目だけでなく、後ろに広がっている脳全体、さらには精神まで見ようとしてきたから、視野も広がったし、マクロ的な見方もできるようになりました」

※注
デパス
一般名エチゾラム。1980年代に日本で開発され、抗不安薬、睡眠導入薬として使用される広義のベンゾジアゼピン系薬物に属し、力価が高く、作用時間が短い薬として大ヒットした商品。現在は多くの後発品がある。依存性が高く、一部乱用がみられる点で社会問題になってもいる。