ただ一方で、そのようなイデオロギーはゼロで大坂さんをディスっている人もいる。彼らの主張は何とも日本人的というか、この国で働く人たちの「仕事」というものに対する考え方を反映していて、興味深い。

 それは一言で言ってしまうと、テニスの大会で人種差別の抗議をするのは「プロとして失格」ということである。

 たとえば、あるスポーツ紙のテニス担当記者の方は記事で、人種差別問題に理解を示しつつも、大坂さんの試合ボイコットに「違和感」を表明した。大坂さんの活動は、家族や友人だけではなく、ファンやスポンサー企業、さらにはマネジメント会社や大会主催者、メディアなどなど数え切れないほど多くの人々に支えられているので、個人の主義主張で試合をボイコットすると迷惑がかかる、と苦言を呈しているのだ。

 また、「敗れた選手」に悪いともいう。プロテニスプレイヤーは1試合、1試合に自分の人生命をかけて望んでいる。人種差別に対して抗議をすることよりも、そういう人たちの人生の方がはるかに重いはずだ、というのだ。

「日本的プロ意識」が
大坂さんへの反感を生み出す

 このように考えるのは、この記者だけではない。SNSには「羽生結弦くんや浅田真央ちゃんだったら、日本人が差別を受けるようなことがあっても、大事な試合を棄権などしない」と言っている人もいる。どんなに腹に思うところがあっても、それをグッと押さえ込んで、自分の求められる役目を果たすのが「プロ」だという考え方は、日本ではかなりメジャーなのだ。

 つまり、そんな「日本的プロ意識」が、「アスリートである前に黒人女性」と抗議を続ける大坂さんに対する反感を生み出している可能性があるのだ。

 と言うと、日本人のプロ意識を批判しているように聞こえるかもしれないが、そんなことはない。こういう仕事に対するストイックさが、日本人の勤勉さに繋がっており、日本企業のチームワークに貢献しているのは紛れもない事実だ。