日本は決して特殊ではない
今こそが変化のチャンス

――なるほど。ただ、日本では難しい気もします。

山田 それがもうひとつ感じていることですが、「日本は決して特殊ではない」ということです。是正されることのない格差社会、旧態依然とした年功序列の企業制度、「飲みニケーション」など、日本独特と思われるような事象はそのまま、もしくは形を変えて他の国でも存在します。日本だからできない、日本だから仕方がない、ということは結局世界中どこに行っても最終的には発生してしまう。もちろん、抜け出し難くて苦痛を伴う慣例もあると思います。ただ、それはその企業個別の問題かもしれません。あらゆる企業がグローバルに世界と地続きになっている現在、もっと外を見てもいいのではないかと思います。もっとも、この場合外を見るべきなのは企業のトップなのかもしれませんが。

 コロナ禍によって、日本でも働き方は様変わりしました。これまで「こうでなければいけない」「この手順でやらなければならない」とされていた仕事の進め方が、実はより効率よく行えるということが明らかになってきているのではないでしょうか。疫病という喜ばしくない外的要因ではありますが、この機会をチャンスと捉えて、目の前にある仕事の仕方をもっと自由に、楽しめるように変えていきたいですね。

写真:八雲いつか


――ありがとうございます。さて、山田さんの経歴は非常に目を引きます。簡単にお聞かせください。

山田 父の仕事の関係で家族で引っ越しを繰り返しました。海外勤務もあって、5〜8歳の頃にイギリス、高校時代にフランスで生活しました。大学受験の時期は日本に戻っていて、東京大学理科一類と、ハーバード大学コンピュータサイエンス学部に合格しました。東大には半年間だけ通って中退、その後はハーバード大に入学しました。

――ご自身の「note」にも書かれていますが、ハーバード時代にはGoogleや世界的データ分析企業のPalantirでインターンをされていました。Googleからは入社内定ももらっていたと伺いましたが、最終的にはスタートアップIT企業であるAsanaに入社されました。「意外」「もったいない」と言われることもあったのではないかと思います。

山田 自分の中ではそれほど不自然なことではなくて、自分がやりたいことを自分が主体となってできるような環境に行きたいというのが一番でした。スタートアップとはいえ、社員が数人という規模ではないため十分に世界に飛び出して行ける可能性を感じましたし、コア事業となる企業名と同じワークマネジメントツール「Asana」自体にも大きな将来性を感じていました。実際、米国本社は株式の上場を行いましたが、これからもっと面白いことができるんじゃないかなと思っています。

――その面白いことは日本でということでしょうか。

山田 私は米国本社に入社し、向こうで働くというビジョンもあった中で、日本法人の立ち上げというミッションを受けて帰国しました。当初は戸惑いもありましたが、「自分だからできる」「自分にしかできない」仕事だと、このミッション自体を楽しみながら日々を過ごしています。

 Asanaというツールは、先ほど話した働き方のニュースタンダードにも寄与できるものですので、日本でも広く知られてほしいと思っていますし、個人的にも何かさらに面白いことにチャレンジできればと考えています。