2年続けて住民の姿が見えない
ハロウィンの山口組総本部

警戒する警察官
山口組総本部の周辺を警戒する警察官 Photo by Kenichiro Akiyama(以下同)

 時代は「ヤクザ対警察」から「ヤクザ対市民」へと舵を切った。これで暴力団は表立った活動を行うことが、さらに難しくなるだろう――。

 10月31日、ハロウィンの日、神戸市灘区の閑静な住宅街にある山口組総本部(以下、総本部と略)は、異様な緊張感と不気味な静けさに包まれていた。そこに居るのは制服警察官2名と作業帽に似た形状の帽子を被ったスーツ姿の警察官約10人だけだ。

 他に誰一人いない。一昨年までならば、この日、「普段なら決して入ることのできない山口組(の敷地内)に入れる」と、大勢の近隣住民たちがこぞってやってきたものだった。

 山口組が毎年恒例となる「ハロウィンの菓子配り」を行っていたからだ。住民たちには、怖いもの見たさ、そしてヤクザとハロウィンという奇妙な組み合わせが織りなす滑稽さを面白がるという心理があった。ただただ面白がるということ、それに尽きた。

 その通奏低音は、たとえ暴力団、ヤクザであるにせよ、「同じ地域住民」として、皆対等同格である、いくらなんでも地元で悪さはしないだろう、というオプティミズム(楽観主義)に基づいたものだ。そしてこれに、たとえ反社会的組織と呼ばれようとも「日本最大の…」という枕詞への敬意と、暴力団組織という畏怖が加わる。

 山口組、ひいてはヤクザという世界に勢いがあった昭和40年代に青春期を過ごした現在、70代の神戸生まれ育ちの女性は、彼ら山口組をこう誉めそやす。

「学歴不問、完全実力主義……。それこそ今で言う外資系企業並みに、誰でものし上れる世界やん。あてにならへん政治や警察よりも、ずっと頼りになる。それが“山口組さん”や」

 この70代女性が言う、「あてにならへん政治や警察」とは、大きく2つの意味がある。1つは1995年の阪神・淡路大震災時のことだ。震災後の混乱時、市民は不安に慄いた。生活インフラはなかなか復旧しない。食べるものも事欠く。そうした中でいち早く食料品やオムツ、生理用品まで配ったのが、他ならぬ“山口組さん”だった。