「学ぶそばからどんどん吸収できました。中高であまり勉強しなかった分、脳に余裕があったのでしょう(笑)」

 授業はいつも最前列。6年間ほぼ皆勤を通し、卒業後に修業先として選んだ東京慈恵会医科大学では教授から一目置かれる存在となり、准教授にまでなった。当時「50年に一度の進歩」と言われた内視鏡手術を学ぶようになったのも、ごく自然な成り行きだったと振り返る。

「内視鏡を用いた腹腔鏡手術が爆発的に普及したのは90年代でした。なので、それ以降に外科医になった人は、開腹手術が不慣れなケースが珍しくありません。腹腔鏡手術の最中に、予期せぬトラブルが発生した場合に不安がある。途中で開腹手術に切り替えなくてはならないこともあるからです。私は幸い、80年代に開腹手術の経験を数多く積むことができたので、どんな事態に遭遇しても大丈夫な自信があります。多くの修羅場をくぐってきましたからね」

 一番起こりうる非常事態は、膵臓の近くにある大きな血管が裂けることによる大量出血だ。開腹手術に切り替えなければ、止血は難しい。他にも腫瘍が臓器や血管にひどく癒着している、大き過ぎるなど、手術を始めてみなければ分からない問題は多々ある。

 中には自身の大きな成長につながった修羅場も――。

「私自身、まだ経験がさほどないときに、進行した肝門部胆管がんの手術を、執刀医の私と後輩、それに研修医の3人で行いました。かなり困難であることは事前に分かっていましたが、切除範囲は想定を大きく上回っており、大変なことになりました。判断に迷いながらも手術を進め、もう後戻りできないところまで行ってしまった結果、切除はもとより再建術もかなり複雑になってしまい、朝から始めた手術が深夜0時を過ぎても終わりが見えない。替わってくれる先輩はいない、自分の集中力はどれくらい持つのか、患者さんは亡くなってしまうのか、ちゃんと再建できるのか、さまざまなプレッシャーに押しつぶされそうになっていたのですが、ある瞬間にふっと苦しさが消えたのです。

 いつの間にか、手術している自分をもう1人の自分が客観的に見守っていました。焦りも不安も疲れも消え、冷静に運針も出来て、結局手術はなんとか成功しました。あれが無我の境地と言うのでしょうね。以来、手術の際にはいつでも瞬時に、その境地に達することができるようになりました」