全社連携で
強いチームを目指す
浜田:CIO調査の結果、デジタルリーダーにはいくつかの共通点があることがわかりました。一つは、デジタル戦略における「経営トップのリーダーシップ」です。アステラス製薬ではいかがでしょうか。
須田:経営トップのリーダーシップは明確です。デジタルに関わるプロジェクトは経営トップがオーナーとなり、直轄プロジェクトとして進めています。ただし、経営トップは単に「DXをやれ」とは言っていません。デジタルを活用して何をしたいのか、それがはっきりしていなければDXに意味はありません。当社ではそれが「ビジネス・トランスフォーメーション」であり、デジタルやデータという新しい武器を使えば時間のかかっていた医薬品開発期間を短縮でき、いままで救えなかった患者さんを救うことができる。だから積極的にデジタルを活用する、ということです。
浜田:現場に任せ切りではなく、トップみずからがDXの意味付けをしてくれることは非常に頼もしいですね。一方で、デジタルリーダーにおけるもう一つの特徴があります。それは、デジタル・IT支出に関するビジネスサイドの決定において「IT部門が影響力を持っている」という傾向です。先ほど申し上げた経営トップのリーダーシップ、そしてIT部門の影響力という2つの因子を兼ね備えた企業ほど、新しい価値、付加価値のあるサービスを生んでいます。
とはいうものの、多くの企業ではIT部門がトップの理解を得るため、いろいろな努力をされていると聞きます。貴社のIT部門は、どのようにトップに働きかけていますか。
須田: 当社でIT投資案件をトップに提案する時に最も重要視するのは、投資による期待効果の説明です。それは経営トップの視点に合わせ、納得性の高い業務上の効果でなければなりません。
経営トップがITやデジタルについて理解してくれないと悩むIT部門責任者は多いと思いますが、私は経営トップにITやデジタルの細かい中身まで理解してもらう必要はないと考えています。経営トップには「業務や事業の視点から、この技術を使うとこんなことができます」「これだけ投資してくれたら、それ以上のものを返します」とシンプルに説明すればいいのでは。
浜田:技術的に細かいことを説明するのではなく、特にこの投資によってどのような成果が生まれるのか、そのことをわかりやすく伝えるということですね。ところで貴社の場合、DXの推進はどの組織が担っていますか。
須田:全社的なデータアナリティクスを担当するAIA(アドバンストインフォマティクス&アナリティクス)という部署と、私が統括する情報システム部の2つがあります。
AIAは情報分析の専門家集団です。事業部門から出てきたデータを解析して新しい価値を見出し、ビジネス部門と一緒にその価値を育てていく。創薬研究における医薬品候補物質の探索・特定から、臨床試験のデザイン、売上予測・マーケティングまで広範囲に役立てています。
一方、情報システム部は、業務プロセスを支えるシステムを導入するのに加え、全社的なデータプラットフォームを整備する部署です。AIAが解析するための正しいデータを社内外から集めて各部門で適切にデータが使えるようにする。データが各部門を流通することで新たな付加価値が生まれていった結果、全社のビジネスが加速する。そうした「全社に資するデータの流通ルート」を構築するのが、我々情報システム部のミッションです。AIAと情報システム部というDXの推進部門が連携し、全社を巻き込んで、初めてビジネス・トランスフォーメーションが生まれるのです。
浜田:そこで伺いたいのが、IT部門と他の事業部門との連携についてです。IT部門やCIOだけに権限や責任が集中している状態では、なかなかDXは進みません。社内データの可能性をいち早く見出し、それをいかに企業の成長に資するビジネスとして活用できるか、それがいま企業に問われています。そのためには全社を巻き込み、特にビジネスを担う事業部門としっかりと連携する必要があります。
アステラス製薬のIT部門は、どのように事業部門と連携しているのでしょう。
須田:いろいろありますが、一つの例として情報システム部に組織されたサイバーセキュリティグループとRx+事業創成部の連携を紹介しましょう。
デジタルを活用した事業を行えば必ずサイバーセキュリティのリスクが生じますが、リスクを気にしすぎると大胆なチャレンジができなくなります。そこで当社では、サイバーセキュリティグループが最適なセキュリティ技術を駆使してリスクをしっかりと抑えることで、事業部門が新たな挑戦ができるようサポートしています。
事業部門に対して「ここまではアクセルを踏み込んでも大丈夫」「ここから先はブレーキをかけたほうがいい」とIT部門が示してあげることができれば、彼らは全力で新しいビジネスを立ち上げられます。
浜田:事業部門にとってIT部門は、やりたいことの実現を支援してくれるよきパートナーとなっているのですね。連携がうまくいっていないと、IT部門と事業部門が互いに「自分の守備範囲ではないから」と受け身になってしまい、ポテンヒット、つまり大事な球を取り逃がすようなエラーが起きてしまいます。ベクトルを合わせ、同じ目標に向かってベストを尽くすことが非常に大切です。
ただしそのためには、IT部門のメンバーもビジネスを熟知していなければなりません。プロとプロがお互いの仕事やリスクを知り抜いたうえでコラボレーションしていくことで、初めて強いチームができるのではないかと。
須田:IT部門に専門性は不可欠ですが、我々はあくまでアステラス製薬に所属している専門家です。直接、医療従事者や患者さんと関わる仕事ではありませんが、そうしたステークホルダーに対し、自分たちがどのような価値を提供できるかを常に考えなければならないと思っています。
浜田:2018年、経済産業省が公表したDXレポートの中で「2025年の崖」という言葉が注目を集めました。複雑化、ブラックボックス化した既存システムを企業が改善しなかった場合、2025年までに起こりうるあらゆる問題を示したものです。
そこでは、日本はIT人材がベンダーに集中しており、ユーザー企業側の人的リソースが不足しているとの指摘もありました。技術とビジネス、両方の知識スキルを持った専門家が企業の中で育てば、崖を回避できるのではないでしょうか。
須田:そうですね。でも、問題は人数そのものではない気がします。外部に100人の専門家がいるとしたら、その100人をうまく活用できるプロが社内に1人いればいい。いまはその1人がいないために、外部への過剰な依存が起きているのでしょう。