【出口学長・日本人が最も苦手とする哲学と宗教講義】
ネストリウス派が世界中に普及したシンプルな理由

世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”、稀代の読書家として知られる出口治明APU（立命館アジア太平洋大学）学長。世界史を背骨に日本人が最も苦手とする「哲学と宗教」の全史を初めて体系的に解説した『哲学と宗教全史』が「ビジネス書大賞2020」特別賞（ビジネス教養部門）を受賞。発売3年たってもロングセラーとなっている。
◎宮部みゆき氏（小説家）が「本書を読まなくても単位を落とすことはありませんが、よりよく生きるために必要な大切なものを落とす可能性はあります」
◎池谷裕二氏（脳研究者・東京大学教授）が「初心者でも知の大都市で路頭に迷わないよう、周到にデザインされ、読者を思索の快楽へと誘う。世界でも選ばれた人にしか書けない稀有な本」
◎なかにし礼氏（直木賞作家・作詞家）が「読み終わったら、西洋と東洋の哲学と宗教の大河を怒濤とともに下ったような快い疲労感が残る。世界に初めて登場した名著である」
◎大手書店員が「百年残る王道の一冊」と評した究極の一冊
だがこの本、A5判ハードカバー、468ページ、2400円＋税という近年稀に見るスケールの本で、巷では「鈍器本」といわれている。“現代の知の巨人”に、本書を抜粋しながら、哲学と宗教のツボについて語ってもらおう。

コンスタンティノープルの総主教
ネストリウスが主張したこと

　この本や連載でお話しした5大教会の最高位は、後に総主教と呼ばれるようになります。

　ただアレクサンドリア教会とローマ教会の最高位は、教皇と呼ばれました。

　5大教会の中で、最も権勢を誇っていたのは、ローマ帝国の首都であるコンスタンティノープル教会の総主教です。

　このコンスタンティノープル教会にネストリウスという総主教が登場しました（在位428-431）。

　その頃、イエスを抱くマリアの像は、やさしい愛を伝える聖母マリアとして、信仰を集める存在になっていました。

　そのうちに、誰が言い出したのかマリアに対して「テオトコス（神の母）」という尊称が流布し始めました。

　ネストリウスは、マリアは人間なのだから神の母と呼ぶのはおかしいと主張しました。

　「人間の母から聖霊の存在によって、神の子としてイエスは生まれたのである。

　マリアに神格を認めてしまうと、彼女が人なのか神なのかわからなくなる」と。

　ネストリウスは、イエスは神の要素を持っているけれど、人間の要素も持っていると考えたのです。

　その神格は聖霊によってマリアの胎内に宿ったのだが、人であるマリアの人格もイエスには兼ね備わっていた。

　そしてイエスの人格はイエスが十字架にかけられて死んだときに失われ、神格だけが復活したイエスに残ったのである。

　わかりやすく説明すれば、そのような考え方です。

　キリスト教の正統的な信仰と認められた三位一体説とアリウス派の、中間に立つようなわかりやすい論理かと思われます。

　しかし、三位一体説を信奉する司祭たちは強く反発します。

　そして、431年にアナトリア半島のエーゲ海に面する古都エフェソスで、エフェソス公会議が開催されました。

　ローマ皇帝、テオドシウス2世（在位408-450）が召集しました。

　この第3回公会議において、コンスタンティノープル教会のネストリウスに反論する急先鋒となったのは、アレクサンドリア教会のキュリロスでした。

　すなわちエフェソス公会議は、2つの教会による勢力争いが絡んでいたという側面があったのです。

　ついにエフェソス公会議は分裂してしまい、2つの教会がお互いに相手を罷免するような展開になった、と伝えられています。

　結局、ローマ皇帝テオドシウス2世が仲介し、三位一体説を認めネストリウス派を異端と裁下し、ネストリウスを破門としました。

　三位一体説側の反論にネストリウス派は、納得できなかったのではないか。

　三位一体説は神格と人格を渾然一体として考え、それ以上は語らない。

　ネストリウスたちは、もう一歩進めて両性説を考えた。

　そのほうが、わかりやすいからです。