どんな未来をつくりたいのか、そのためどのようなプロジェクトを行うべきかをいろいろな立場の人たちと一緒に考え、しっかりとした問いを立てることができないと社会は変わらないし、新しいビジネスも生まれません。
生成AIなどの新しいテクノロジーがこれだけ急速に進化してくると、人がやるべき仕事は何かを真剣に問い直さなくてはなりません。AIが持たないものは好奇心であり、AIにできないのは問いを立てることです。好奇心を発揮して、問いを立てる力が人間にとってすごく重要になっています。
西岡 当社のAI Leapセクターは、「テクノロジーとイノベーションで社会に貢献する」をパーパス(存在意義)としており、「科学を使って社会を良くする」という宮田先生の一貫した研究姿勢にとても共感を覚えます。
AI Leapセクターでは、「ストラテジー&デザイン」「AIアナリティクス」「データ&アーキテクチャー」の三つのチームが一体となって、クライアント企業の課題解決や価値創造をデータやAIを使って実現するコンサルティングサービスを提供しています。
宮田裕章 氏
東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士。東京大学大学院医学系研究科医療品質評価学講座助教、同准教授を経て、2014年4月同教授。15年5月より慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授、20年12月大阪大学医学部招へい教授。データサイエンスなどの科学を駆使して社会変革に挑戦し、現実をより良くするための貢献を軸に研究活動を行う。「2025日本国際博覧会(大阪・関西万博)」テーマ事業プロデューサーなど多くの社会的活動に携わる。
最近の主な活動として、AIプラットフォームの開発に力を入れています。幅広い業界にわたりさまざまな企業を支援する中で、業界内で共通する課題、あるいは業界を超えた社会全体に横たわる課題が見えてきました。
そうした共通課題は、AIを組み込んだプラットフォームを構築して、多くの人が利用できるようにすることで解決できると考え、開発に注力しているところです。
宮田 最近力を入れていることでいうと、私は今、岐阜県飛騨市で新しい大学の設立に取り組んでいます。コンセプトはコイノベーション(Co-Innovation)で、自然科学と人文科学、社会科学を横断しながら、それぞれを連動させて高い価値を生み出せる人を育成したいと考えています。学内外のいろいろな世代や分野の人たちと学生が一緒になって問いを立て、未来を共創していく実践の場にしていくつもりです。
西岡 アビーム自身が、コンサルティング会社として「共創」を軸に、企業や組織、社会の変革をさまざまなステークホルダーと推進していくことを方針としていますが、もちろん、私たちのAIプラットフォームも共創の考え方を取り入れています。クライアント各社はもちろん、ESG(環境、社会、ガバナンス)経営を支援しているチーム、人的資本経営を支援しているチームなど、社内の各テーマエキスパートと連携して、インダストリーアジェンダや社会課題の解決に取り組んでいます。
改善の延長ではなく非連続な変革で未来をつくる
西岡 データ活用について日本の現状を見てみると、多くの企業はまだデジタルデータの生成段階にあります。異なるシステムにデータが散在していてつながらない、紙ベースで保存されている情報が残っているなど、データ活用の準備が不十分な点が多いのが現実です。コロナ禍の影響でデジタル化が進んだとはいえ、まだまだ課題が多いと感じます。
中でも共通の課題として挙げられるのは、セクショナリズムがあって部門の壁を超えたデータ活用が進まないという点です。データ活用の真の意義は、単に仕事が効率化されるとか、少しだけ便利になるといったことではなく、データによって今まで見えていなかった課題や将来が可視化され、大きな目標の達成に向けた行動につながることです。
自分の周りだけでできることからデータ活用を始めても、こぢんまりまとまって、大きな成果は生まれません。
宮田 コロナ禍の影響で、日本でもデジタル化が加速したのは確かですが、世界との差はむしろ広がっている可能性もあります。例えば、テレワークに関する各種の調査結果を見ると、米国では多くの人がそのメリットを感じているのに対し、日本はむしろ従来の働き方が良かったと感じている人が多いのです。
また、コロナ禍初期の子育て世代への臨時特別給付金の支給だけで約1500億円の事務費がかかったと話題になりましたが、その他のコロナ対応の給付金や支援を含めるとその何倍もの事務コストがかかっている上、紙ベースの申請が中心でしたので、支給に時間がかかりました。
西岡千尋 氏
コンサルティングファームのマネジングディレクター、チャットボット開発企業のCDO(最高デジタル責任者)を経て、アビームコンサルティングに入社。エンタープライズトランスフォーメーションビジネスユニット Digital-Tech Leapグループ AI Leapセクター長として、テクノロジーとイノベーションによる社会貢献を進めるとともに、クライアント企業のDXやデータドリブン経営の実現を支援する。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士。
仮にマイナンバーと各種データのひも付けが進んでいたら、行政業務の効率化だけでなく、必要な人に必要なタイミングで援助ができたはずです。そうしたこれまでにない価値を生むような破壊的イノベーションを起こすことが、データ活用の本質です。
西岡 破壊的イノベーションにしろ、創造的破壊にしろ、日本では「破壊」という言葉に敏感に反応する人もいますが、新しいものや価値を創造する変革だと前向きに捉える必要があります。
改善の文化は日本の美徳の一つですが、過去の延長線上に明るい未来を見いだすのは難しいのが現実で、非連続な変革によって明るい未来をつくる、そのドライバーとなるのがデジタルテクノロジーだということを、私たちは深く理解しなければいけません。
宮田 破壊的イノベーションといっても、私は何でも壊せばいいと言っているわけではありません。私の研究室でも、イノベーティブなことはもちろんやりますが、業績の大半は既存の研究から生まれています。
いわゆる深化と探索の「両利きの経営」が重要で、実績を積み重ねてきた既存の研究や事業は守りつつ、そこで人を育て、収益を安定させた上で、未開拓の分野にチャレンジしていく。伝統的な生命保険会社だった中国の平安保険が、テクノロジーを駆使して巨大な金融コングロマリットに生まれ変わったように、日本の伝統的企業にも変革のチャンスはあります。