他方、米国のようにイノベーティブなスタートアップが次々に出てきて、それを大企業が買収して大きく育てるというアプローチもあります。いずれにしても、古いものを壊すというよりは、リコンストラクション(再建・再構成)して新陳代謝を高めることが重要だと思います。
デジタルで現場をいかにエンパワーメントするか
西岡 先ほどデータを活用することで、必要な人に必要なタイミングで援助が可能になるというお話がありましたが、デジタルテクノロジーによって従来は難しかった個別化対応、体験のパーソナライゼーションが可能になってきました。
そのときにも重要なのは、何のために、どのようなパーソナライゼーションを行うのかという問いを立て、「to be」(あるべき姿)をしっかり描くことだと思います。
宮田 この10年間、データを独占するテックジャイアント(巨大テクノロジー企業)が、ユーザー一人一人の興味・関心に合う広告を表示するといった形でパーソナライズされた体験の提供が進化してきました。そこで生み出される価値は、サービス利用者のものではなく、サービス提供者のものでした。
これからは一人一人のサービス利用者にとっての価値は何かという問いを立て、その価値を生み出すことがサービス提供者側の価値にもつながっていく。そのためにデジタルの力を使うべきです。
例えば、医療の分野でいえば、患者一人一人の体質や遺伝的特性、病態などに応じた治療や予防を行う個別化医療の研究が進んでいます。これが実現すれば患者体験は大きく変わりますが、こういう個別化医療が可能になりつつあるのもデジタルの力です。
あるいは社会福祉の分野でいうと、マイナンバーと健康診断のデータをひも付けることで、出生時からの身長・体重の変化、つまり子ども一人一人の成長曲線を追うことができます。もしも平均を下回っていたら、健康問題や貧困、虐待など、何らかの問題の予兆かもしれません。原因に応じて、行政が早めに支援を行えば、子どもを救える可能性が高まります。民生委員などの人の力だけに頼るのではなく、デジタルの力をうまく活用すれば、一人一人に寄り添う社会の実現が期待できます。
西岡 私は身内を病気で亡くした経験がありますが、適切な治療ができる専門医がどの病院にいるのか分からず、何度か転院することになり、本人も家族も肉体的、精神的に大きな負担でした。個別化医療はどんどん普及してほしいですし、医療関連の情報サポートや精神的なケアを含めて、一人一人に寄り添う医療の重要性を痛感します。
宮田 私は介護の現場でパーソナライズされた体験価値をどう提供していくかについても研究しているのですが、現在の医療では中等度以上の認知症患者に対する根本的な治療法はなく、主に介護の問題になります。
しかし、同じ認知症患者といっても、症状は違いますし、どういう生活がしたいのかというニーズや価値観も一人一人異なります。そういう多様性に寄り添う介護に真摯に取り組んでいる人たちが実際にいて、その人たちをデジタルでいかにエンパワーメント(力づけ)するかという社会的な仕組みが必要だと思います。
西岡 現場をエンパワーメントするためには、UI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザー体験)がキーポイントの一つになります。日常生活に新しいテクノロジーを自然に溶け込ませることが重要で、ユーザーに負担や抵抗を感じさせてはいけません。
例えば、交通系ICカードは自動改札機に軽くタッチするだけで乗車できます。QRコードやクレジットカードなど決済手段が増えると、決済手段の選択と手段に応じた行動を強いられ、慣れない人にはかえって使いづらく感じられます。
サービスデザインにおいてUI/UXをうまく工夫しないと、デジタル活用は進まないと思います。
若者たちによる企業の「推し活」が始まっている
西岡 現代の企業は、事業活動を通じて社会課題を解決することが求められていますが、ソーシャルインパクト(社会へのプラスの影響)を創出する上でも、データとデジタル技術の活用は欠かせないものです。
宮田 社会課題の解決にデジタルが欠かせないのと同時に、企業にその解決を突き付けているのもデジタルであることを知っておくべきだと思います。つまり、デジタル技術の進化で社会課題が可視化され、デジタルネットワークでつながった世界中にそれが瞬時に伝わるということです。
例えば、アパレル業界は、開発途上国の安い労働力を利用して商品を生産し、先進国で高く売るというビジネスモデルで成長してきましたが、それが問題視されるようになりました。
きっかけの一つは、10年前にバングラデシュで縫製工場が入っていたビル「ラナプラザ」が倒壊し、1100人以上が亡くなるという悲惨な事故が起きたことで、今は人権に配慮した生産体制の構築を迫られています。売れ残りを前提に、商品を大量生産・大量廃棄していることも世界中が知るところとなり、環境への負荷を減らすことも強く求められています。
日本には近江商人を発祥とする、「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)の精神が受け継がれていますが、江戸時代の近江商人は行商から始まって、他の地域との交易や他地域への出店によって商売を広げました。他の地域で悪い評判が立つようなことをすると、たちまち商売が立ちゆかなくなります。ですから、持続可能な商売をするために「三方よし」が必然だったわけです。近江商人にとっての世間が、今はデジタルによって世界に広がり、企業は社会課題の解決が経営の一丁目一番地になってきたわけです。
西岡 「三方よし」をグローバルで実現していくには、サプライチェーンに関わる川上から川下まで全ての企業がデータ連携し、環境や人権などさまざまな課題に関する情報を可視化、共有化していくことが必要です。
アパレルに限らずあらゆる商品において、原材料の調達から生産・配送プロセスまで、地球環境や生物多様性、人々の基本的人権や健康などに余計な負荷をかけていないかを客観的なデータとして示すことができるようにしておかないと、消費者がそういう情報に基づいて購入を判断する時期が来るのは、そう遠くないと思います。
宮田 Z世代やα世代は、すでにそういう消費行動を取るようになっています。その世代の若者たちに言わせれば、商品としての機能性や利便性は何を買ってもそう大きな違いはなく、買って失敗することはまずない。では、何で商品を選ぶかというと、自分のアティチュード(姿勢、考え方)や価値観に合っているかどうかだと。そして、多くの若者はアティチュードとして、社会的価値を重視しています。
西岡 Z世代やα世代にとって商品を購入するという行為は、好きなアーティストやアイドルを応援する活動と同じように、自分の価値観に合う企業を支持する「推し活」のようなものですね。
宮田 まさに、これからは企業の「推し活」がどんどん盛んになると思います。
楽しみの中に学びを位置付け新しい価値を生み出す
西岡 新しいテクノロジーを受容し、より良い社会のために賢く活用していくためには、新たなリテラシーやスキルを多くの人が身に付ける必要があると思います。当社も、自分たちの持っているケイパビリティーを社会に役立てたいという思いで、日本リスキリングコンソーシアムに参画し、トレーニングプログラムを提供しています。
宮田先生は、さまざまな世代の人たちが、自分の意思で学び、活躍のステージを広げられるようにしていくには、何が必要だと思いますか。
宮田 冒頭で申し上げたように、私が新設しようとしている大学は学生だけでなく、まさにさまざまな世代が共に学び、一緒になって問いを立て、その解決を実践していくことを目指しています。
人生100年時代ですから、これまでのようにずっと一つの組織に所属して、ピラミッドを登っていくようなライフスタイルではなくなります。多様なライフスタイルの中に人それぞれのウェルビーイングがあることを互いに認め合いながら、自分のライフスタイルを自分でつくって、人生を歩んでいく。そのためには、学校を出た後も学び続ける必要がありますし、学び続けないと人生の選択肢を減らすことになります。
ただ、義務感で学ぶのでは、長続きしません。学ぶことは本来楽しいことですよね。遊ぶように学ぶというか、楽しみの中に学びを位置付けることが生涯学習の第一歩なのだと思います。そのためにも、多様な人たちと共に学ぶというのは重要です。
西岡 私の子どもが幼稚園児の頃、スマートフォンとタブレット端末をビデオ通話でつなぎ、スマートフォンをテレビの前に置くことで、テレビ番組を離れた場所にあるタブレット端末で見たり、録画したりしていました。そういう使い方を教えたわけではありませんが、今思えば、宮田先生がおっしゃるように遊ぶように学んだのだと思います。
昨今、学校教育において生成AIを使うべきかどうか、使う場合はどんなルールを設けるかが議論されていますが、縛られたルールの中で使い方を学ばせるよりも、人に迷惑をかけない範囲で自由に使わせて、人間としての創造性を解放しないと、新しい発見は生まれないような気がします。
宮田 AIに読書感想文やレポートを書かせても人間としての学びはありませんが、AIで夏目漱石や芥川龍之介の文体を再現できるようになれば、圧倒的なリテラシーで日本語を操ってきた人たちの思考を、より深くできるかもしれません。
あるいは、AIを活用して古い日本語を使いこなす中学生が出てきて、友達と古語で会話するようになり、日本語の価値が再発見される可能性もあります。
音楽でも芸術でも科学でも、仲間と楽しむためにテクノロジーを使うと位置付ければ、きっと新しい学びがあるはずです。
西岡 冒頭に先生がおっしゃった「好奇心を発揮して、問いを立てる力が人間にとって重要になる」という話と通じますね。AIなどの新しいテクノロジーを使って人の好奇心と創造性を解放すれば、新たな発見や価値を生み出す機会も増えると思います。そこに共創の原点がありそうです。
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