コーセー執行役員 DECORTÉ事業部長
1988年コーセーに入社。営業、企画職を経て、タイの海外現地法人の社長に就任。以来、高価格帯ブランドを中心に国内外におよぶ多様なブランドを担当。現在は執行役員およびコスメデコルテの責任者として、ブランドの商品政策、事業戦略、教育に至るまで全体を統括する立場を担っている。
牧島 AQは、ハイプレステージブランド「コスメデコルテ」のラグジュアリー価値を牽引する象徴ラインで、1990年の発売から今年で33年目を迎えます。6年ぶりとなる今回のリニューアルでは、長年取り組んできた再生医療やニューロサイエンス(神経科学)などのテクノロジーをさらに深く追求するとともに、新しい成分として世界有数の植物研究施設と共同開発した「金香木エキス」を配合し、つやのある肌へ導くスキンケア製品を発売しました。
デザインは、ブランドのアートディレクターであるマルセル・ワンダース氏に、ハイプレステージブランドならではのラグジュアリーな世界観と、AQの商品価値の醸成を担うデザインに仕上げてもらいました。
水野 コスメデコルテは、17年には東京・銀座の複合商業施設GINZA SIX(ギンザ シックス)に旗艦店「Maison DECORTÉ」(メゾンデコルテ)をオープンするなど、一貫してラグジュアリーな体験を顧客に提供してきました。その一方では、新たな顧客の取り込みにも積極的にチャレンジされていると伺っています。
牧島 コスメデコルテは、コーセー創業者の小林孝三郎が70年に「真実の高級品をつくる」という意思を持って立ち上げたブランドであり、誕生以降、着実に成長を続けてきました。10年には、先ほども触れたマルセル・ワンダース氏を起用し、商品だけでなく、店頭にもラグジュアリーな世界観を取り入れてブランド価値にいっそう磨きをかけました。
その後、10年代後半の中華圏のお客さまを中心とするインバウンド(訪日客)の急増による好調が続く中で、18年からマーケティング戦略の強化に乗り出しました。その後コロナ禍に見舞われましたが施策を打ち続け、これまでリーチできていなかった若い年齢層のお客さまにもご利用いただけるようになってきました。また、23年3月からは、美容液「リポソーム アドバンスト リペアセラム」の広告アンバサダーに、米大リーグで活躍するロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手を起用し、女性はもちろん、これまで接点が少なかった男性にも好評をいただいており、これも成果の一つと捉えています。
こうして従来のお客さまに加えて新しいお客さまを取り込む戦略を推進してきたことが、現在の好調につながっているのではないかと考えています。
急速に拡大する顧客接点 問われるデジタル高度化
アビームコンサルティング 執行役員 プリンシパル 商社・コンシューマービジネスユニット長
総合商社を経て、アビームコンサルティング入社。製造、金融、流通、ITサービス、商社など、幅広い業種で、顧客体験(CX)を中心とした戦略策定から施策実行まで、数多くの企業を支援してきた。これまでの豊富なコンサルティング経験を生かし、執筆や講演活動も積極的に行っている。社内イノベーション創出プログラムをリードしている。
水野 市場環境の変化に合わせてブランド戦略を模索する中で、顧客接点の多様化は大きなアジェンダの一つです。特にこの10年間の変化は著しく、デバイスの進化によりデジタルでの購買が当たり前となり、生活者の価値観や行動様式も大きく変わってきています。そうしたデジタル時代の販売戦略についてどうお考えでしょうか。
牧島 我々が扱う化粧品は「制度品」と呼ばれ、流通や小売店といった「人と人の関わり」やカウンセリングを通して、お客さまに商品を提供してきました。これが長く続いてきたわけですが、コロナ禍が予期せぬ転換点になり、デジタル領域に大きく踏み出すことになりました。私がコスメデコルテに関わるようになった当時から、ブランド価値をさらに高めるためには、デジタルの活用も必要不可欠だと考えており、図らずもコロナ禍がそのきっかけになりました。
水野 テクノロジーの進展を背景とした流通モデルの成長につれ、マーケティングにおける「個人の発信力」の比重も非常に大きくなってきています。特にコスメティクス(化粧品)の分野ではその傾向が顕著で、ブランドのファンがインフルエンサー的な役割を果たし、自分が良いと思ったものをSNS経由で周囲に広げていく動きが活発化しています。コスメデコルテとして、この動きをどのようにご覧になっていますか。
牧島 ご指摘の通り、EC(電子商取引)の普及に合わせて、SNSを使った情報拡散は一気に拡大しました。現在、お客さまが得る情報はSNS経由のものが圧倒的に多くなっていますし、情報が広がるスピードもかつてとは比べものになりません。内容の信頼度も高く、これには口コミサイトの存在も大きく影響していると考えています。
もちろん、これまで通り対面による販売は重要であり、特に化粧品の世界では、リアルの店頭にいるビューティコンサルタント(BC)からのアドバイスが、お客さまの安心感やブランドへの信頼につながっています。
この双方のチャネルを、デジタルをツールとして連携させ、いかにシームレスな顧客体験(CX)の提供を実現するかが、今後のブランド成長のポイントであると強く認識しています。
オンラインとオフラインの融合 整備を急ぐOne-ID化
水野 今後の顧客体験向上やブランド戦略に、デジタルをどう活用していくか。その挑戦の概要と決意表明が、貴社の包括的なブランド戦略である中期ビジョン「DECORTÉ Grand Design 2026」に表れているように感じます。
牧島 これは今後の当社の成長を見据えたとき、コスメデコルテはどうあるべきかを示したものです。ここでは顧客接点の「質と量」を強化して、ブランドとの新しい関係性を築いていくことによって、お客さまのブランドに対するロイヤルティ(信頼感、愛着)を高めていくことを目的としています。
これまで培ってきたリアルの顧客接点に加えて、オンライン経由の新しいお客さまの急増にも対応できるように、接点の「質と量」をアップデートしていく。そうした思いが「DECORTÉ Grand Design 2026」には込められています。
水野 そうした顧客接点の充実を意識し、的確かつ迅速に対応してこられたことが、昨今の好調な業績にも結び付いている印象です。「DECORTÉ Grand Design 2026」の中で特に注目しているのは、店舗とECのお客さまIDの統合、すなわち「One-ID化」の試みです。概要をご説明いただけますか。