キャッシュフローとサステナビリティの観点からサプライチェーンデータをマネジメントする

経営課題としてのサプライチェーンDX
キャッシュフローとサステナビリティの観点からサプライチェーンデータをマネジメントする太田宏志 氏
AGC デジタル・イノベーション推進部 部長

1990年4月旭硝子にエンジニアとして入社。ベンチャー企業への出向後、自動車ガラス向け設備開発のグループリーダー、FPD(フラットパネルディスプレイ)ガラス向け設備開発及び工場建設のプロジェクトリーダー、経営企画室統括主幹、エンジニアリングセンター企画管理グループリーダー、電子部材事業本部企画室長、人事部人財開発統括担当部長を経て、2023年1月より現職。

太田 従来は、製品の開発や製造にかかわるエンジニアリングチェーンと、原材料の調達や製品供給に関するサプライチェーンを切り分けて考えるのが一般的でしたが、お客様や社会への価値提供、あるいはメーカーとしての競争基盤というとらえ方をすると、もはやエンジニアリングチェーンとサプライチェーンを分けて考えることはできません。

 どういう呼び方がふさわしいのかは分かりませんが、その二つを合わせて広い意味でのサプライチェーンと呼ぶとすると、モノの流れと同時に、キャッシュの流れも正確にとらえて最適化する必要があり、この二つの流れも切り離せません。

山中 よく分かります。グローバルでサプライチェーンの寸断が発生する昨今の環境下では、特に在庫のコントロールがキャッシュのコントロールに直結します。モノとキャッシュの流れを切り離すことはできず、サプライチェーンの最適化はCFO(最高財務責任者)部門にとっての問題でもあり、全社を挙げて取り組むべき経営課題といえます。

太田 まさにそうです。それを前提として、AGCがどんなビジョンを持っているのかという質問にお答えすると、開発や製造、調達、物流、販売など、さらにはバックオフィスを含めてグループ内のそれぞれの部門や機能単位でデジタルの力を使って「オペレーショナルエクセレンス」を極めることが、DXの土台になると考えています。

 その土台をつくった上で、各部門・機能をデジタルでつなげることによって、グループ全体の最適化を図っていく。あるいは、事業のあり方を変えたり、新しいビジネスモデルを構築したりしていく。AGCグループではそうしたDXビジョンを持っており、デジタルの力を梃子(てこ)にしてコーポレート・トランスフォーメーションを実現するのが私たちのDX戦略です。

山中 サプライチェーンのDXだけを切り離して考えるのではなく、コーポレート・トランスフォーメーションという広いスコープでサプライチェーンの変革に取り組むお考えだと理解しましたが、私もまったく同意見です。

 本日の対談の取っかかりとして私たちが関わったいくつかのプロジェクトをご紹介したいと思っているのですが、まず、日系企業と欧米企業の売上高上位25社を対象に、財務データを比較した調査について簡単にご説明します。コロナ禍における各社の動きを見るために、2020年度から2023年度第1四半期までの売上高、棚卸資産、在庫日数、キャッシュフロー(CF)の推移を四半期単位で比較しました。

 かいつまんで申し上げますと、2020年度は日系企業、欧米企業ともにコロナ禍前に比べて在庫日数が増えたのですが、2021年度から欧米企業は在庫日数の伸びを売上高の増加率と同程度に抑制し、在庫水準を適正にコントロールできていることが見て取れます。これに対して、日系企業は在庫水準を抑制できていません。

 その結果、日系企業は調査対象期間中の営業CFの伸びが横ばいでしたが、欧米企業は売上高の伸びに応じて営業CFが増加し、投資CFも増やしています。こうした戦略投資の差が、将来の成長力の差につながることを私たちは懸念しています。

太田 欧米企業と比較して日系企業のキャッシュコンバージョンサイクル(原材料や商品を仕入れてから最終的に現金化されるまでの日数)がおしなべて長いのは、日系企業が需要に対して供給余力を持とうとする傾向が強いからだと思います。欧米企業はサプライチェーン全体でCFをしっかりと管理し、供給能力を需要に合わせてコントロールしようとします。

 モノの流れだけでなくキャッシュをきちんと見てマネジメントしていくことが、当社を含めて日系企業にとっての課題といえるでしょうね。

山中 中長期的なサプライチェーンDXを考える上で欠かせない視点として、業界横断での構造的DXが挙げられます。欧州では持続可能な社会へとシフトするために、業界横断でサプライチェーンの構造改革を加速させようとしています。

キャッシュフローとサステナビリティの観点からサプライチェーンデータをマネジメントする山中義史 氏
アビームコンサルティング執行役員 プリンシパル  SCMセクター長

2001年アビームコンサルティングに入社。サプライチェーン全般の戦略策定、サプライチェーン改革プロジェクト、基幹刷新プロジェクトを多数手がける。現在はデジタルプロセス&イノベーショングループのSCMセクター長を務める。2018年農水省食品産業戦略会議専門委員、2017年名古屋大学招聘講師、2018年一橋大学非常勤講師など産学連携も推進。

 そのカギとなるのが「規格化・標準化」です。例えばドイツは今年、「インダストリー4.0標準化ロードマップ」の第5版を発表し、標準化戦略を着々と進めていますし、「バッテリーパスポート」(材料調達からリサイクルまで、欧州連合で販売される蓄電池のライフサイクルに関わる情報を統一されたデジタルプラットフォーム上に記録するルール)が2024年から段階的に適用されるなど、サプライチェーンの情報可視化を義務づける動きが強まっています。また、欧州が推進する国際的なデータ流通基盤構想「Gaia-X」(ガイアエックス)は、自動車産業における品質管理やCO2(二酸化炭素)排出量などのサプライチェーンデータの共有化基盤「Catena-X」(カテナエックス)としてまず具現化され、始動しています。こうした動きに対して、「自社のサプライチェーンやデータ基盤をどう適応させていくべきか」という日系企業からの相談が増えています。

太田 当社は欧米企業のお客様が多く、特に事業部門の社員は、品質・コスト・納期というQCDを担保することに加えて、サステナビリティ対応がビジネスを続けていく上での必須条件になっていることを痛感しています。

 規格化・標準化のルールが次々にできている中で、事業部門だけでそれに対応していくのは現実的ではありません。ですから、DXで情報連携のあり方や仕事の仕方、事業のあり方を変えながら、事業運営していく必要があると思います。

キャッシュの流れを重視したサプライチェーン意思決定

山中 ここから私たちが実際に関わったプロジェクトの事例をご紹介したいと思います。いずれも日系企業の事例で、一つ目は、CFO部門が参画し、キャッシュコントロールに取り組んでいるケースです。

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