持続可能な社会に必要な、「新しい公共哲学」とは何か?

『日本の経済政策』(中公新書、2024年)は、バブル崩壊から今日までの「失われた30年」の日本経済を精緻に分析し、未来につなぐ教訓を導き出している。『日本経済の罠』(01年)、その増補版文庫(09年、共に加藤創太氏と共著、日本経済新聞出版)と、1990年代から30年間、定期的に日本経済の課題とその処方策を論じてきた著者の小林慶一郎氏に、新書の概要から持続的社会に向けた提言まで幅広く話を聞いた。前編に続く後編は、今日の日本社会に求められる「新しい公共哲学」へと話は展開する。(聞き手・文/ダイヤモンド社論説委員 大坪亮、撮影/瀧本清)。

シャドーバンクなどに
新たな危機の懸念がある

――金融危機発生後の対処で、日本の失敗を米国は研究し、リーマンショック対応に生かしたのでしょうか。

 米国の学者や為政者は、日本の失敗を十分に研究していました。その研究から、金融危機に陥った際の政策対応は、Too little(小さ過ぎる)や Too late(遅過ぎる)では最悪になるとわかっていたので、迅速な対応ができました。

 リーマンショックは、証券化商品の健全性が問題になりました。証券化商品は金融市場で値付けされるので、返済困難になった債務に基づく証券化商品は価格が暴落し、それを資産に持つ金融機関の損失が早期に明らかになりました。

 一方、日本では、銀行が個々の取引先への貸出債権としてバランスシートに抱えていたので、償却という形で自ら損失計上するまで隠すことができました。個々の経営判断で問題の先送りができ、監督官庁が全体像を容易に把握できず、政策対応が遅れました。また、どの銀行がどれだけの不良債権を持ち、どの企業がいくらの過剰債務を抱えているかがわからず、信用不安が広がった面もありました。

 バブル崩壊による多額の不良債権の発生で、金融機関のバランスシートが痛み、信用創造機能が低下し、国全体が金融危機に陥るという構図は日本も米国も同じだったのですが、直接金融の比重が大きい米国では発覚が早く、日本の失敗を教訓にして、スピーディな対応で、早期に課題を解決したということです。

持続可能な社会に必要な、「新しい公共哲学」とは何か?

――米国は、リーマンショックやコロナ禍では果敢に金融緩和を行い、割合と早期に経済が回復しました。一方で、FBR(連邦準備制度理事会)は経済が過熱する懸念があると、金利を上げてそれを抑えるなど、金融政策は柔軟です。また近年、先進国全般に低成長・低インフレ傾向にある中で、米国は現状において金利水準は高めで、FRB元議長のベン・バーナンキは『21世紀の金融政策』(高遠裕子訳、2023年、日本経済新聞出版)で、万が一、経済ショックが起きても、大幅な金融緩和で対処する金利水準での余裕があると書いています。それでも、何が起きるかわからないことを留意しています。 

 規制体制が十分でないセクター、例えばシャドーバンク(編注:ノンバンクやヘッジファンドなど、証券化のための特別目的事業体など銀行を介さないで金融取引する機関)などに懸念はあると思います。中国における不動産融資の不良債権化などが一例です。

 銀行などで問題が起きた際、自己資本比率など規制を厳しくして、次の危機が起きないように備えても、その規制にかからないシャドーバンクを通しての資金調達が拡大するなど、規制強化と新しいビジネスの台頭はイタチごっこのような関係です。リスクをとって、より収益性の高い運用を行う動きは常にあるからです。日本でも、現時点では私たちが気づいていないだけで、伝統的な金融機関の外で問題が蓄積している可能性はあります。 

 危機に対する経済理論においても、危機防止の規制などの政策においても、まだまだわからない部分があり、私たちは慢心してはいけない。この点は、本書第3章「世界金融危機」の後半で、一連の危機とその対応からの教訓として現時点の考え方をまとめました。

 気をつけていても、いつの間にか危機は起こりえます。その際には、問題のある金融機関を見つけて公的資金を注入するとか、不安が広がらないように流動性を高めるとか、思い切った経済政策を展開することです。この点は、地震やコロナ禍など天災発生時の対策と同じです。非常時には、国の借金が増えても、即時かつ十分に対応しないといけない。

――第5章後半で、低金利長期化の副作用を指摘しています。日本の金融政策の正常化は今後どのような手順で進めていくべきでしょうか。

 数カ月で0.25%、数年で1%というように段階的に市場の反応を見ながら、金利を上げていく。将来のクレディブルな経路を示すことです。信頼できる将来像でないと、いくら政府や日銀が将来のバラ色の姿を示しても、意味がありません。

――少しインフレ傾向が出てきたからといって、日本銀行が即座に金融緩和をやめてしまったら、それまで言い続けてきた約束を守らないということになるのですね。

 日銀は、「フォワードガイダンスの条件をクリアしたので政策を変更していいのだ」という明確な理由をきちんと提示できるまでは、現状の政策を続けるだろうと思います。今、そのデータを集めているところだと思います。

 この点も本書で書きましたが、「時間整合性」の問題があるのです。デフレの時には物価上昇が安定的に続くまで金融緩和をやめませんと約束するのが最適ですが、インフレになってしまうと、なるべく早めに金融引き締めに移ることが最適な政策になります。事前と事後で、最適な政策が異なるという時間整合性の問題があるのです。市場の信用を失わないように、政策を変更するというのが、今、日銀が直面している最大の難関だと思います。