世代間問題を解くための
新しい公共哲学
――現在世代が財政再建を先送りすれば、そうしなかった場合に比べて、将来世代の負担が重くなるという類の「世代間問題」や、その問題を克服する思考について、小林教授は『時間の経済学』(ミネルヴァ書房、2019年)で論考を深めていて、それに基づく解決アプローチ案のいくつかが、本書第6章の後半で提示されています。
将来世代のことを考えて政策を作ることを当たり前のことにするのが理想なのですが、まず今やれそうなことの1つとして、独立財政機関の導入を挙げています。関西経済連合会や経済同友会などいくつかの組織から、すでに提言は出ているものです。
独立財政機関とは、30〜50年先などの超長期の将来までの経済・財政の展望を推計し、その結果を財政運営の基礎情報として国民や政府に公開する機関です。推計の信頼性確保のため、政治的な中立性と独立性を保証します。内閣府や財務省などの既存官庁は、政権のために働くことが任務のため、どうしても忖度が働くので、独立機関が必要なのです。
米国の議会予算局や英国の予算責任庁などが代表例です。2010年代に世界で創設が増え、現在のOECD加盟38カ国のうち31カ国で設置されています。増加の背景には、欧州の債務危機があります。2010年代初めギリシャなどで放漫な財政運営が発覚し、欧州債務危機が広がりました。このことを反省し、EUは、長期的な健全財政のために独立財政機関を作ることを加盟各国に求めるEU指令を13年に出しました。
21世紀における独立財政機関の創設の動きは、19世紀末〜20世紀初頭における中央銀行の設立の流れと同様だと思います。当時は大恐慌など経済混乱が各国で何度も発生し、金融の面から安定化を図るべく中央銀行が各国に設立されていきました。以降、景気変動はそれ以前ほどには激しくなっていない。今日の独立財政機関の設立の動きは、財政面での経済不安定化の防止策と言えます。
――『時間の経済学』では、現在世代と次世代の利害が対立する世代間問題を、いかに克服したらいいかを探っています。それは財政危機だけでなく、人類が直面する最大危機である地球温暖化なども同様の、これまでとは「構造」が異なる問題です。例えば、課題解決の意思決定に参加できる仕組みとして正当性が確立されてきた現状の議会制民主主義では、世代間問題の当事者である次世代の意見は原理的には反映されない、と指摘されています。そこで、ロールズ、ハイエク、アーレント、ヨナス、ポーコック、サンデルなど現代の政治哲学者たちの思想を展望し、解決の方向性を提示されています。
その内容をこのインタビューで説明するのは時間的に難しいですが、経済成長を前提としたリベラリズムという近現代の思考のままでは、世代間問題は解決できないので、私たちは何か新しい公共哲学を持たなければいけないというのが提言です。新しい公共哲学を持った上で、国を運営し、政策を立てて行く必要があるということです。
功利主義に基づく現代の経済学では、人間は完全に利己的ではなく、弱い「利他性」を持っていると考えます。また、アダム・スミスは、「共感」の作用によって道徳感情の基準(内なる公平な観察者)が形成されるとして、人々の相互作用による人格形成の過程に注目しました。この共感の作用を世代間問題の解決に活用すれば、将来世代に対する利他性を、現在世代の人々の間の共感によって強化することができるはずだと考えます。
前述の独立財政機関や、さらには将来世代の利益を代表することを職務とする公的機関を創設すれば、世間一般からの共感や構成員相互の共感によって、将来世代の利益を増進する方向で、政策決定に影響を与えられるでしょう。
また、この相互作用は、今日しばしば使われる言葉で言えば「承認欲求」につながるでしょうか。私たちが経済を含めていろいろな活動をする際に、そのモチベーションは何かを突き詰めて考えていくと、他者に自分を認めてもらいたいという要素が強いと思うのです。人生の充足感は、承認欲求に根ざす部分が多いものです。
その際に、自分を承認してくれる他者は誰か。自分の周囲の人から承認されることで私たちは満足を得るわけですが、なぜ周囲の人からの承認が価値を持つかと考えると、私たちを承認してくれる人も、だれかから承認されているから、といえます。
私を承認してくれる人は、別の誰かから承認されていて、その誰かもまたさらに別の誰かから承認されています。この連鎖をたどっていくと、現在世代の枠を超えて、究極的には「無限遠の将来世代からの承認」に行きつきます。遠い未来の将来世代から現在の私たちが承認される(だろう)という信念が、私たちの人生に価値を与えていると言えるわけです。こう考えると、現在世代の相互共感を通じて、将来世代のことも深く考えるようになると思うのです。こうした新しい公共哲学を考えたいのです。
短期的には、現在世代の利害関係者(ステークホルダー)や政治から独立し、将来世代の視点を持つ中立的な公的機関の創設が必要であり、長期的には、そうした活動に対する社会全体のコンセンサスを支える公共哲学を確立していくべきだと思うのです。
――最後に、中長期的に進めていくべき施策を、国、企業、個人それぞれ、教えてください。
国の施策としては、将来の見通しを持てるように、信頼できる将来像を示すことです。具体的には、財政と社会保障の持続性です。国民をごまかさないで、国民の反応を自分事として想像する、再帰的思考が必要です。
一方で、イノベーションのためには、政府による大型投資も必要です。この点は、財政支出との整合性が問われます。どのような答えを出せるのか、難問で、私自身も即答できませんが、なんとか両立したいところです。
企業の施策としては、30年先、50年先の未来の社会をイメージし、そこからバックキャストして今するべき事業の意義を再確認すること。フューチャー・デザインを経営で実践するということです。考え抜いた末に、もし現状の事業に将来性がないという結論に至ったならば、早く企業を解散する道筋を考えることも経営者の責務です。
個人の施策としては、将来世代の視点を自分のものにして考えることです。すると、将来世代からの感謝や承認がなければ、現代の私たちの人生に生きる意味を見つけられない、となるのではないでしょうか。他者の承認をたどっていくと、無限遠の未来の将来世代からの承認によって、私たちの人生の価値は支えられているという考えにいたるはずです。(了)
1966年生まれ。91年、東京大学大学院工学系研究科修了後、通商産業省(現経済産業省)入省。98年経済学Ph.D.(シカゴ大学). 2013年から現職。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、経済産業研究所ファカルティフェロー、東京財団政策研究所研究主幹などを兼任。専門分野はマクロ経済学。『日本経済の罠』(加藤創太と共著、日本経済新聞出版、2001年、日経・経済図書文化賞、大佛次郎論壇賞奨励賞)、『時間の経済学』(ミネルヴァ書房, 2019年)など著書多数。