“既定路線”を確認しただけだったが
出口調査で興味深い結果
今選挙のスーパーチューズデーは、例年のように「予備選挙の天王山」というには、盛り上がりに欠けた。共和党ではトランプ氏、民主党ではバイデン氏の指名獲得が確実な情勢の下で、既定路線を確認する通過儀礼にすぎなかったからだ。
実際、結果は大方の予想通りで、15州で行われた共和党の予備選挙ではトランプ氏が14州で勝利、唯一残っていた有力対立候補のヘイリー元国連大使は、翌3月6日に予備選挙から撤退した。
15の州と地域で行われた民主党の予備選挙でも、バイデン氏が1地域を除いて勝利を収めている。
トランプ氏とバイデン氏の戦いにほぼなりそうな本選挙への示唆が得られたかというと、それもなかった。
よく知られているように、米国の大統領選挙は「激戦州」と呼ばれる一部の州の結果に左右される。しかし、今年のスーパーチューズデーは、多くの州や地域で予備選挙が行われた割には、激戦州といえる州はノースカロライナ州だけだったからだ。
トランプ氏が唯一ヘイリー氏に敗れたバーモント州は、前回2020年の大統領選挙でバイデン氏がトランプ氏に約35%ptの大差で圧勝した州であり、そもそも本選挙でトランプ氏に勝ち目はない。バイデン氏が敗れた米国領サモアに至っては、本選挙では大統領選挙人が割り当てられていない。
ただそれでも、スーパーチューズデーの当日に行われた出口調査には興味深い結果が隠されている。
「有罪判決」出ればそれなりの影響
最高裁決定で審理が遅れる可能性は追い風に
米国の報道機関が、共和党の予備選挙でスーパーチューズデーの当日に行った出口調査には、「もしもトランプ氏が犯罪で有罪判決を受けても、大統領に適していると思うか」という質問が含まれていた。
この質問に対して、例えば予備選挙で唯一の激戦州となったノースカロライナでは、30%が「適していない」と回答している。選挙結果はトランプ氏が74%の得票率を得たが、トランプ氏に投票した人ですら、約1割が有罪判決の場合には支持を考え直す可能性を示唆している。
重要なのは、少数派ではあるものの、一定の参加者が刑事訴追での有罪判決を重くみていることだ。
前回、20年の大統領選挙を振り返ると、同州ではトランプ氏がバイデン氏に約1%ptの僅差で辛勝している。今回も接戦が予想されるが、そうなった状況では、たとえわずかな支持層の離反でも致命傷になりかねない。
そこで改めて重要性が際立ってくるのが、スーパーチューズデーに先立つ2月28日に、米連邦最高裁が、トランプ氏が訴追された裁判を巡って下していた決定だ。
同日に最高裁は、トランプ氏が20年の大統領選挙の結果を覆そうとした罪に問われている訴訟に関し、大統領に免責特権が認められるかどうかを審理する方針を明らかにしている。この決定を受けて、当初は3月4日に予定されていた大統領選挙に関する裁判の初公判は延期されている。免責特権の行方が決まるまでは、裁判を進めることができなくなったからだ。
機密文書の持ち出しなど、このほかにもトランプ氏は多くの訴訟に問われているが、なかでも支持者による議事堂襲撃事件を招いた前回大統領選挙を巡る混乱は有権者の関心が高く、最もトランプ氏にとって深刻な裁判だといわれる。
トランプ氏としては、本選挙のアキレス腱である裁判の行方が本選挙当日までに判明しない可能性が出てきたことになる。
スーパーチューズデーの出口調査で示された有罪判決への懸念を考えると、最高裁の判断はトランプ陣営にとって願ってもないものだったといえるだろう。
「ほぼトラ」というにはまだ早い
岩盤支持者以外に広がりに欠ける支持層
最高裁の決定は「もしトラ(もしトランプ氏が大統領になったら)」から、「ほぼトラ(ほぼトランプ氏が大統領になるのは確実)」への流れを後押しするようにみえる。
20年の大統領選挙と比較すると、トランプ氏が優勢に選挙戦を進めているのは間違いない。ここまでの世論調査では僅差ながらトランプ氏がバイデン氏をリードしてきた。前回大統領選挙の世論調査では、一貫してバイデン氏がトランプ氏をリードしており、今回は攻守が入れ替わっている。選挙のカギを握る激戦州の世論調査でもトランプ氏がバイデン氏をリードする結果が目立っている。
賭け市場の評価もトランプ氏が優勢だ。米政治サイトのリアルクリアポリティクスが各種の賭け市場の平均を集計した結果によれば、トランプ氏の当選予想が40%台半ばとなっており、30%前後のバイデン氏を大きく引き離している。
だが「ほぼトラ」というにはまだ早い。
今回の本選挙は米国でもまれな長期戦になる。スーパーチューズデーで予備選挙が決着するのは、04年以来の早さだ。米国民の多くは大統領選挙にまだ真剣に向き合っているわけではなく、11月の投開票日までに選挙の流れは変わり得る。
実際、前回、20年の大統領選挙での賭け市場の動きを振り返ると、同年の3月から6月までは、トランプ氏の勝利を予測する割合の方が高かった。状況が動いたのは夏場になってからだ。
トランプ氏はスーパーチューズデーで圧勝したとはいえ、穏健な共和党の支持者など、ヘイリー氏に流れた票はある。強固な地盤に支えられてはいるが、世論調査での支持率は半数を超えておらず、支持層の広がりが欠ける課題は大統領時代から変わらない。
一般教書演説でひとまずは高齢への懸念払拭
経済運営の評価が再選の鍵に
対するバイデン氏は、トランプ氏への有罪判決という追い風が期待薄となった以上、自力で劣勢を挽回する必要がある。スーパーチューズデーから間もない3月7日にバイデン氏が行った一般教書演説は、党内にくすぶる高齢への懸念払拭という、本選挙への反撃に向けた最低限のハードルをクリアしたといえるだろう。
高齢への懸念が最大のアキレス腱となっているバイデン氏にとって、今回の一般教書演説はまさに正念場だった。深刻な言い間違いなどがあれば、高齢への懸念は手をつけられなくなりかねない。バイデン氏の支持者の間にも強い不安が漂うなかでの演説だった。
そうした期待値の低さがバイデン氏に幸いしたとはいえるが、バイデン氏は選挙演説と見紛うような攻撃的な演説を展開し低い期待値を軽々と超えてみせた。いくつかの言い間違いはあったが、挑発するような演説で議場の共和党議員からのやじを引き出し、当意即妙にやり返す姿はベテラン政治家としてのバイデン氏の真骨頂ともいえ、ひとまず党内の高齢への懸念を払拭するには十分だった。
バイデン氏の反撃では、妊娠中絶の権利擁護など、世論の支持が強い論点の存在が足掛かりになる。一般教書演説でもバイデン氏は、議場に座る最高裁の判事を見据えながら、妊娠中絶の権利を認めてきた判例を覆した最高裁の判決を改めて法律で覆す決意を表明した。
とはいえ、バイデン氏が再選への道筋を開くには経済政策での有権者の評価が欠かせない。統計の上では景気が回復していても、バイデン氏の経済運営の手腕に対する評価が低いままでは、ことさらに米国の現状を悲惨に表現するトランプ氏の術中から抜け出せない。
一般教書演説に対して共和党を代表して反論演説を行ったブリット上院議員は、TVを通じて自宅の台所から「あなたの暮らしは3年前より良くなりましたか?」と、バイデン政権の経済運営の失敗を批判するように呼びかけた。1980年の大統領選挙で共和党のレーガン氏が、現職で民主党のカーター氏を批判した有名なフレーズからの引用だ。
実際には、「3年前」は、トランプ政権の最後の年で、コロナ禍で米国は大変な状況だった。3月5日に米ニューヨーク・タイムズ紙が、世論調査でバイデン氏よりも大統領時代のトランプ氏の政策手腕への評価が高いことを「集団健忘症」と評したように、米国民の記憶は曖昧になっており、インフレ鈍化など経済の改善が米国の国民には十分に実感されていないことも確かだ。
有権者の経済改善の実感が
回復しなければ「ほぼトラ」は止まらない
大統領選挙で経済の好調が現職の評価に結び付くまでに時間がかかるのは、今回が初めてではない。92年の大統領選挙では、既に景気が回復していたにもかかわらず、「経済こそが問題だ!」と批判する民主党のクリントン氏が、現職だった共和党のブッシュ(父)氏を破っている。
まして今回の景気回復は従来よりも国民の実感が伴わない異例の展開となっている。ミシガン大学の消費者態度指数は、昨年終盤から急速に改善してきたものの、景気後退前の水準には戻り切っておらず、最新の今年2月の指数は伸び悩んでいる。
インフレ率の伸びは鈍化しているが物価の水準は高いままであり、金融引き締めによる住宅ローンなどの借り入れコストの上昇も消費者の実感の回復を妨げているようだ。
バイデン氏が高齢であったとしても、その手腕に信頼が置ければ、それほど有権者は気にしないだろう。しかし経済運営への評価が低いままであれば、高齢への懸念はバイデン氏に付きまとい続けかねない。
一般教書演説でバイデン氏は、処方薬代やクレジットカードの延滞手数料の引き下げなど、あの手この手で消費者が実感しやすい提案を繰り出した。ウクライナ支援などを通じた国際社会での米国の役割など、大統領選挙で問われるべき課題は多いが、バイデン氏が「ほぼトラ」への流れを押し戻すには、まずは消費者の生活実感の改善を自らの評価につなげることが出発点になる。
この点ではバイデン氏の再選もまだ不透明だ。
(みずほリサーチ&テクノロジーズ調査部長 安井明彦)



