量的緩和策の終了には目途
成長通貨供給だけの国債買い入れに

 7月の金融政策決定会合で決まった政策金利の引き上げの評価はさまざまだが、少なくとも、国債買い入れ減額計画は、量的緩和策の枠組みでいえば、今後1~2年の量的引き締めの強化をあらかじめ決めた意味合いを持つ。

 現在の月6兆円程度の買い入れ額を毎四半期4000億円程度ずつ減額し、2026年1~3月期に3兆円程度に半減させるというもので、利上げは市場に事前にあまり織り込まれていなかったとはいえ、買い入れ減額のペースは、事前の市場のコンセンサスに近いものだった。

 すでに、月間の買い入れ額と日銀保有の長期国債の償還額は均衡しているので、今回の買い入れ減額計画は、日銀保有の長期国債残高の減少ペースを着実に加速させることになる。

 また、26年4月以降については、来年6月の中間評価で検討することになっており、減額が延長され、最終的には成長通貨供給のための買い入れを残して、長期国債の買い入れは終了することになりそうだ。

遅かったかもしれないが、
失敗までとはいえず

 確かに、量的引き締めについてももっと早い時期にやれるチャンスはあった。長期国債買い入れ額が6兆円程度に減少し保有残高が増えなくなった今と同じ状況は、黒田東彦総裁時代の2019年と21年から22年にかけてもあった。

 ただ19年の時は消費者物価の上昇率がゼロ%台であり、その後、新型コロナパンデミックが起きたために、市場への資金供給拡大が必要になり、国債買い入れは増加に転じた。

 その後、コロナ禍からの経済回復やロシアのウクライナ侵攻を機にした資源・エネルギーなどの輸入価格上昇などで、22年4月以降は、消費者物価の上昇率は2%の物価安定目標を達成するようになった。

 22年秋以降は今回のように政策変更するチャンスはあったはずだ。しかし、黒田総裁は、任期中の「デフレ脱却」の最後の機会と考えたのか、長期金利上昇を抑え込むための長期国債の大量購入を始めてしまった。異次元金融緩和の出口は一気に遠のくことになった。

 植田和男総裁就任の前月となる23年3月時、月間の平均国債買い入れ額は15兆円前後で、日銀保有の長期国債残高が毎月6兆~10兆円拡大するという強烈な量的緩和状態だった。利上げはおろかマイナス金利を解除するだけでも、金融政策の方向転換に市場が過剰に反応して金利が急騰しかねない状況となっていた。

 そのことを考えると、政策金利の変更より前にまず量的緩和状況の解消に取り掛かったのは評価できる。植田総裁は、就任から1年もたたないうちに国債買い入れ額を月6兆円まで減らし、日銀保有の長期国債残高が増加しない状況を作り上げ、3月のマイナス金利解除、そして今回の利上げを実現した。

 物価の上昇が続いているのに物価安定目標の達成を認めないでいる植田総裁の姿勢に筆者は違和感もあったが、日銀資産の膨張が収まる前に政策変更に踏み切ることで金融市場が過剰に反応することを避ける“方便”だったのかもしれない。

 そう考えると、7月の政策変更は遅かったかもしれないが、失敗とまではいえないのではないか。

景気に力強さはないが、
急減速することも考えにくい

 それでも0.25%への利上げ決定直後の株価急落は、00年8月の速水優総裁時代のゼロ金利政策解除の失敗を想起させる。しかし、今回の政策変更が同じ道をたどることはないだろう。

 速水日銀では、ゼロ金利政策はデフレ懸念の払拭が展望できる情勢になるまで続けると約束していたにもかかわらず、消費者物価が下落を続けている状況で解除してしまった。これは明らかに拙速だった。

 だが今回はすでに十分すぎるほど消費者物価は上昇している。むしろ遅すぎるという批判が出ているくらいだ。

 それ以上に00年8月のゼロ金利政策解除が問題だったのは、解除を決定したわずか3カ月後に景気がピークを付け後退局面に入ってしまったことだ。

 冷静に考えれば、金融政策が景気に影響するタイムラグとして3カ月は短すぎる。従ってこの時の景気後退は米ITバブル崩壊などで世界的に景気が減速したことが原因と考えるのが自然だ。

 しかしそれでも問題なのは、解除の際にもすでに景気の転換点の兆しが経済指標に表れていたのを軽視して利上げを行ったことだ。その結果、その後の景気後退の責任を日銀が負わされ、金融政策への政治からの介入を強める状況を招いてしまった。

 今回も、金融市場の混乱が続き景気の悪化をもたらすことになれば、同じ轍を踏む恐れはある。ただ、株価急落の理由は、米国の景気減速懸念の過度な高まりによる世界的なドル安・株価下落に、日本の事情として円キャリートレードの巻き戻しによる円高の加速が加わったものと考えられる。つまり、実体経済の弱さを正しく反映したものではない。

 消費の低迷を見ても日本の景気に力強さはなく、日銀が言うような緩やかな回復が続いていたとは言い難い。米国や中国の景気減速もあって先行きの景気加速も見込みにくい。だが一方で景気に過熱感もないだけに先行き景気が急減速することも考えにくい。

 はっきりしない状況が続きそうだが、速水総裁時代のゼロ金利解除の時のような急速な景気の悪化が起こらなければ、日銀がこれからやろうとしている中立金利水準への政策金利の引き上げを行うことは可能だろう。

ブラックマンデー時のような
利上げ“封印”の事態は回避

 ただ景気が後退しなくても、株価の大幅下落がその後の利上げを封印してしまう恐れもある。

 1987年10月のブラックマンデーの時は、85年のプラザ合意後の円高に対応して低金利政策が続いていた。景気は86年11月に底打ちし景気回復が始まっていたにもかかわらず、87年2月には公定歩合は2.5%まで引き下げられた。

 低金利が長期化することによる景気の過熱や資産価格の高騰を懸念する日銀は利上げの機会をうかがっていたと推測されるが、ブラックマンデーが起こったことで利上げは89年5月まで封印され、バブルの発生を許してしまう。

 だが今回は株価が急落する前に利上げを行っており、この点は当時とは大きく違う。

 利上げが円高や株価下落に影響した可能性は否定できないが、利上げ前から米国の景気の不透明感を背景に、円安がピークを越え、日経平均株価も7月11日に史上最高値を付けた後は下落気味だった。利上げしなくても株価が急落した可能性はあり得た。

 円キャリートレードの積み上がりを考えても、7月の利上げをしなかったとしても、株価急落など金融市場の混乱が起きてしまった可能性がある。そうなると日銀の出口戦略は棚上げとなってしまっただろう。

次の利上げは12月か来年1月
政策金利「1%台」が基本シナリオ

 今後はどうなるか。日銀は、市場が不安定な状況では利上げはしないとしている。7月に一応、利上げをしたことで、国債減額は淡々と進めながら、金融市場の落ち着きを待つという対応が可能になった。

 このところ、金融市場は一時に比べると落ち着いてきているが、内田眞一副総裁も言うように一定のペースで利上げしなければいけないほどインフレが深刻になっているわけではない。9月、10月の金融政策決定会合で追加利上げが行われることはないだろう。

 ただ一方で、次の利上げを先延ばししすぎると、日銀は利上げできないというマーケットの思惑が強まり、円キャリートレードが再び拡大してくる可能性がある。そうなると、利上げが金融市場の混乱を引き起こすリスクも高まってくる。

 従って早ければ12月の決定会合、あるいは新たな経済、物価見通し(展望レポート)を出す来年1月の決定会合で政策金利引き上げが決まる可能性がある。日銀が目指す引き締めでも緩和的でもない中立金利の水準については幅を持って見る必要があるが、まずは1%台の政策金利の水準まで戻るのが現実的なステップだろう。

 95年4月以降30年近く、政策金利(公定歩合、無担保コールレート)が0.5%を上回ったことはない。06年3月に福井俊彦総裁の下で量的緩和(第1次)政策が終了した時も、その後の利上げは0.5%までだった。このため、0.5%が政策金利の天井として意識されることもある。

 しかし、消費者物価が2%を超えて上昇している時に、0.5%が天井ということはない。今後1~2年の間に中立金利水準に向けて何回かの利上げが行われることを基本シナリオと考えるべきだろう。

(金融・経済ウォッチャー 鈴木明彦)

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