物価の教室Photo by Manami Yamada

7月31日の日本銀行の追加利上げについて、物価研究の第一人者である渡辺努・東大教授は「利上げの時期が適切か否かというレベル以前に、経済学の初歩的な観点から全く理解できない」と厳しく批判した。その真意と、追加利上げが今後の物価に与える影響について聞いた。(聞き手/ダイヤモンド編集部 永吉泰貴)

想定以上に弱い消費と物価
追加利上げは全く理解できない

――2023年12月配信のインタビュー(『2024年の物価はどこまで上がる?物価研究の第一人者が上昇率を予測』)では、24年のモノの価格の伸び率は鈍化し、サービスの価格は伸び続けるとの予想でした。8月になった今、国内の物価をどのように見ていますか。

 モノの価格の伸び率が落ちてきているのは予想通りです。ただし今年に入って想定以上に円安が進みましたが、モノの価格が上振れていないことは少し意外です。

 それ以上に深刻なのはサービスの価格です。23年12月の時点では、24年のサービスの価格は伸びていくと予想していましたが、実際には伸び率が鈍化しています。この点は私の予想が外れています。春闘の賃上げ率が想定以上の高水準だったにもかかわらず、です。

 全般的には、23年末の想定より物価が弱いというのが今の私の認識です。

――賃上げ率と円安が想定以上と、物価を上振れさせる二つの要因がありました。それでも物価が想定より弱いのはなぜでしょうか。

 POSデータを見ていると、今年に入ってから特売が増えています。モノの価格を上げたいのに、円安分を転嫁し切れていないお店が増えているのかもしれません。おそらく店舗側は、消費者の懐がまだまだ厳しいとみている。

 サービスの価格でも同様の現象が起きていることがクレジットカードの取引データから観察できます。要は、消費者側はモノやサービスにお金を使う余裕があまりないということです。

 春闘での高い賃上げは画期的でしたが、それでも消費を下支えできていません。高水準だと考えられていた今年の春闘の賃上げ率が、果たして十分だったのかどうかが問われています。

――日本銀行の金融政策が物価に与える影響について、23年12月のインタビューでは「利上げのペースが速ければ消費を抑制し、物価や賃金に悪い影響を及ぼします。そうなれば、(24年に)物価が2%を優に上回るシナリオは崩れます」と答えていました。7月の追加利上げの時期は適切だったと思いますか。

 日銀が説明する利上げのロジックは、利上げの時期が適切か否かというレベル以前に、経済学の初歩的な観点から全く理解できないというのが率直な感想です。