デジタル人材育成が中心課題
古い産業構造時代の大学教育刷新を
デジタル化でもっと重要な課題は、日本企業における仕事の進め方を基本から変革していくことだ。つまり、デジタル化の促進は仕事の進め方全般に関わる課題なのだ。これをどうするかについてのグランドデザインが必要だ。
まず重要なのは、人材の育成だ。岸田政権はこれについて、リスキリング支援、さらに光ファイバーや5Gの通信網整備や公共交通インフラなどのデジタル技術を活用して地方の社会解決を進めるデジタル田園都市構想を打ち上げた。
リスキリングも重要な課題だが、それだけではなく、大学などの高等教育機関を根本から大改革する必要がある。農業やモノづくり製造業のための研究・教育体制を大幅に削減し、新しい産業に必要な人材の育成と研究に方向転換する必要がある。
日本の人材育成制度は、1960年代頃までの産業構造に対応した体制から脱却していない。そして、情報革命後の体制にはなっていない。高等教育制度こそが時代の変化に最も取り残された存在になっている。東京大学の工学部には、衰退産業の関連学科は(名称をそれまでとは変更して)残っているが、「コンピュータサイエンス」という名の学科は存在しない。これは、世界の大学の工学部と比較して異常な姿だ。せめて、こうした状況を変えていくべきだろう。
この改革は極めて難しい課題だが、それを行なわない限り、人材育成の基本が変わることにはならないだろう。
これと同時に、人材の組織間の流動性を高めていく措置が必要だ。これは、年功序列賃金や退職一時金制度の見直しなど、日本の雇用制度の基本に関わる問題と関連している。
教育の仕組みを抜本的に変えていくことは、最も重要な成長戦略であるにもかかわらず、極めて困難な課題だ。ところが、総裁選候補者の政策提案を見る限り、雇用制度改革についての議論は行われているが、大学の抜本的な改革に言及している候補者は1人もいない。
つまり、この問題が重要だという問題意識をもっていない。問題意識がなければ改革が進むはずもない。私はこの状況を見て絶望的な気持ちになる。
生成AIの開発と利用が「核」
半導体補助金は逆の効果
他方で、これまでなかった新しい技術が登場している。それは生成AIだ。
生成AIは、それ自体として応用が多岐にわたるものだ。これをどのようにして実際の仕事の中に取り入れていくか、その障害は何かなどを検討する必要がある。
また生成AIは、人材の育成に重要な役割を果たし得る。これを適切に用いれば、リスキリングなどの個人の新たなスキル習得に対する強力な武器になる。現在の生成AIにはまだ完全に頼り切れない面があるので、それだけに依存することはできないが、技術進歩の速さを見ると、近い将来に、生成AIが新しい技術を学ぶための最も基本的な手段になるという事態は十分に考えられる。
問題はこのような技術的発展を、現実の世界にいかに取り入れていくかだ。既存の教育機関が取り入れるだけでなく、企業が仕事の内容に応じて再教育の手段として取り入れることもあり得るだろう。それは大学組織の硬直性に対する対応策になるかもしれない。
生成AIの開発と利用で、日本が世界で指導的な立場に立てるとすれば、日本のこれまでの衰退プロセスを一挙に覆すことも不可能ではない。その意味で生成AIは長期的成長戦略の核となるものだ。
それにもかかわらず、自民党総裁選立候補者の政策要項などには生成AIに言及しているものは見当たらない。
その半面で、半導体開発企業に対する補助政策が大々的に行なわれている。岸田政権は、台湾積体電路製造(TSMC)の熊本県の工場誘致を後押しした。さらに、2022年11月には、ロジック(演算用)半導体の国産化を目指すラピダスを政官民が連携して設立し、ラピダス支援を決めた。
政府はすでに支出を決めた9200億円を含め、21年からの3年間で、半導体支援に総額3兆9000億円の予算を確保した。自民党総裁選でも先端分野への財政支援を掲げる候補者もいる。
これらは一見したところ望ましい政策のように見えるが、実は逆だ。企業に対する補助は、企業の依存体質を強め成長にはつながらない場合が多い。企業に対する直接の補助は一定の限度を設けるようにすべきだ。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)



