機内の前方にいたスパイが、仕切りのカーテンを開けて姿を現した。砂色のジャケットと茶色の靴を身につけ、白髪交じりの無精ひげを生やしたその男はこの数時間、冷戦終結後最大の東西囚人交換に向けて最終準備に追われていた。パイロットが離陸のためにエンジンをかけ始めた。目的地はトルコの首都アンカラの空港だ。男はこれから護送し、自由の身となる囚人16人に目をやった。刑務所や流刑地から解放されて間もない米国人、ロシア人、ドイツ人たちだ。男は機内を見渡すと、囚人の一人である私をまっすぐ見据えた。何も言わず、1分近く静かに凝視していた。それから向きを変え、ロシア政府専用機のカーテンで仕切られた場所に戻っていった。囚人交換の指揮を執り、私の命運を握っているらしいこの男はいったい何者なのかと考えた。